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…途中まで書いていたブログを一瞬で消してしまったことがブログをやっているひとなら
1度や2度や3度や4度はあると思いますが、

私もさきほどやらかしました。

ショックのあまり、きょうはもうおとなしくお風呂に入って寝よう、

と思いましたが、あしたはあしたでブログを書くわけで、そうもいってらんないわ、と。


というわけで、きょう聴いた「私と盛岡、そして啄木」内館牧子さんの講演会について書こうと思います。



啄木祭についても少し。


さきに地元の小学生、中学生の鼓笛隊、群読劇や女性コーラスなどの出演があり、

啄木祭をもりあげます。


司会進行は盛岡の劇団赤い風の大森健一さんです。啄木のあのシャツに袴の書生スタイル。


劇や歌を聴いているうちに、啄木記念館や、そのそばにある、啄木の教えていた

旧渋民尋常小学校を思い出したりしました。



内館牧子さんの講演会はいままでにも聴いたことがありますし、

年末の盛岡文士劇では看板女優として、おおいに会場を沸かせてくれたり、

もちろん、エッセイもテレビドラマも楽しく見てきました。といってもここ7年くらいテレビを

ほとんど見ていないので、昔のテレビドラマは、ですね。「ひらり」と、「ひらり」とは全然ちがって

ドロドロの「都合のいい女」がすきだったです。


「ひらり」のお姉ちゃんみのりには、内館さんが13年半のOL生活で見てきたものが

流し込まれているようで、エッセイをよんだときに、ああ、みのりお姉ちゃんは内館さんだったんだなあと

思ったです。もちろん、ひらりも内館さんですが。


白のクルーカラーのニットは黒のラインが襟ぐりやサイドにあって、スポーティな

感じでした。ボトムスも黒のフレアパンツ。


運動不足解消に一日1万歩を目標にあるいていたら関節を痛め、だいぶよくなってきたけど、

まだひきずるように歩いています、というのが冒頭の言葉でした。


その後、盛岡の岩手医大で一命をとりとめた2008年の文士劇の後のお話から、その病室からみた

岩手山のどっしりとした姿、お父さんが盛岡市の出身で、占いをやる友達が、それは岩手医大がお父さんと関係があったんじゃない?と言って、お父さんの出た旧制盛岡中学の跡地に岩手医大が建てられていたことから、


それは旧制盛岡中学の人たちがみんなあなたを助けに来ていたんだよ!と。


そんなお話で笑わせてから、岩手日報に連載されていた『終わった人』とからめて、

盛岡への愛と啄木の短歌について、楽しいおしゃべりが繰り広げられます。


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エッセイの「啄木派VS賢治派」には、焼鳥屋でマッコリをのみつつ、豪快に賢治と
啄木を擁護する岩手県民の姿が活写されており、

私は岩手県民ではあるものの、子どものころからあまりに賢治、啄木と言われるので、
逆に他県民なみに読まず嫌いだった口でして。賢治の童話のいくつかは小学校時代に読んだけれど、
ご存知のとおり、たいそう暗鬱な終わり方のものが多い。「よたかの星」なんて読んでいてもかなしくなって
ふるえるくらいのものだ。

啄木は短歌なので、子ども時代は読まなかったし、中学高校時代も郷土の文学者だから読めという感じはなかったような…岩手県民といっても水沢は賢治の花巻からもさらに離れており、郷土の偉人といえば、

後藤新平とか高野長英、斎藤実なので…。

でも、

少し前からお芝居で石川啄木や宮澤賢治を見るようになって、
だんだん、興味をもつようになってきていました。

それにしても「啄木派VS賢治派」のセリフ、内館牧子さんが核心部をよんでくれたのですが、


「啄木の方がイケメン!賢治は田舎のオヤジ顔」とか、
啄木は小汚い着物姿で賢治は洋服だとか、聴いているだけでおかしい。

可笑しい、と思うということは、私もやっぱり県民だけあって、
啄木と賢治についてあるイメージをもっているということでしょうか。

内館牧子さんが岩手日報に連載していた『終わった人』には旧制盛岡中学、では問題があるから、
南部中学、南部高校を経て東大法学部(だったかな?)を出て、メガバンクに入社、

という地元の超エリートだった男が主人公なのですが、その主人公に中学時代からのライバルがいて、
こなた京大出身のやはりエリート。

ふたりの中学時代のあだ名がまた盛岡がらみでして、主人公の男は羅漢。
盛岡の十六羅漢からとって羅漢ですよ。ライバルは川上という名前から16。

超エリートにもかかわらずなにかがダメだったらしく、ふたりとも頭取とか会頭の人生ではなく、
いろんな挫折を経て、いわゆる尾羽打ち枯らすという状況。

余談ですが、尾羽打ち枯らすというと、私はみすぼらしくやせ細って羽もボロボロのカラスを連想しますね。尾羽打ちカラス…。

男は定年退職後、カルチャースクールに通って啄木の短歌もそこで習ったという設定で、
おりにふれて、啄木の短歌にしみじみする。青春の短歌をうたった啄木ですが、尾羽打ち枯らす状況ではひとはみな青春といえばいえる。

亡くなった父親の小さな時計店を引き継いで、この時計店が中の橋のたもとあたりにある、と聞いて、ほほう、では近くにあの赤レンガの元岩手銀行中の橋支店があるのかな、と思ったり。



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内館牧子さんは「養老院より大学院」という著作もあるくらい、勉強がすきな人だと思う。
啄木の短歌についても、自分ですきな短歌があって、自分なりの解釈をしていても、専門家にその解釈を聴いたり、講座に通って勉強したりしているそうで、

いくつもの短歌について、背景を聴くと、表面だけさらっとみていた時には感じられなかった深みがあって、
興味深かったです。

講演のあと、石川啄木記念館館長 森義真さんとの対談がありましたが、
やはり楽しく、興味深い内容で、

啄木祭2015、行く前は13:30~16:00、長いなあ、眠くならないかなあと思っていましたが、
全然そんなことはなく、楽しい時間でした。


そしてこの啄木祭を機に、懸案だったあるお芝居のチケットをゲットしたです!

それは…つづく。