息子のナップザックからお弁当箱を取り出す。
毎日取り出してくれればかわいいが、奴も人の子(って私の子だよ)、
家にかえってぐうたらしたい気満々なので、声をはりあげてもやらない。
連絡ノートを見るついでに授業でなにをやったのかを見てみる。
国語のファイルに漢字検定7級(小4程度)のテストが!
108点というのをみて、え?なにうちの子、100点満点の上?と一瞬でも思った私は、
息子がほんとうにすきなんだなあ。
108点、200点満点でもすごいじゃない。
小学校時代、テストとか点数とか、そういうものとは無縁で、
○と×だけでのんびりやってきた子どもがはじめて制限時間もあるテストに挑んだのである。
テストの緊張感も中学になって知ったことだと思うし。
読みとか、どの漢字をつかうのかとか、意味とか、そういうのはできるんだけど、
ほらね。書けないの。遺伝です。
私もずーーーっと読めても書けなかった。
いいじゃん、国語は読み書きじゃない、読み取る力だ、とどこかで
思っていたけど、ほかの科目ではパッとしない私の唯一の武器だったので、
漢字で点数を引かれることがほんとうは悔しかった。無念だった。
当時は心が弱かったので、悔しさのあまり漢字の練習もあまりしなかった。
小学校時代、すごく練習したのにいつもひどい点数だったので、
もうやる気がなかったのである。
いまだったら、やるだけやって、できないということを追及したい。
やってもやってもできない、ということは突き詰めるとかえってカッコいいと思う。
負けると恥ずかしいから練習しない、というのは本当の負け犬だと思う。
一生懸命やって負けた人はすくなくとも自分に勝った人だ。



