
藤島武二の《黒扇》、実際にはそんなにベタッとした黒じゃなかった。

藤島武二も東京美術学校の教授だったし、黒田清輝のグループと思っているのですが、
私が藤島武二の名前を知ったのは、森茉莉関連でして、
森茉莉の妹の杏奴の結婚相手が画家小堀四郎で、媒酌人が藤島武二先生だったです。
でも、森鷗外の子どもたちの顔は知っていても、小堀四郎は何年か前に、
「鷗外の子どもたち」展で、と言っても茉莉と杏奴のものが主だったのですが、
小堀四郎の絵の展示と、晩年の杏奴と四郎の写真パネルも1枚あったかな。
だから、ブリヂストン美術館の録画上映でNHK日曜美術館に出て藤島武二先生の思い出を語っている人が小堀四郎じゃないか?と思ったのは自分でも謎。
でも私、わりとこういうことはよくある。
小堀四郎じゃないかな~と思って見ていたら、最後のテロップで小堀四郎と出て腑に落ちたね。

でこちらは車のテレビ画面。カーナビなんだけど、「なんでも鑑定団」(岩手では土曜のお昼に再放送されています)を聴いていたら(走行中は画面は見えない)、
小磯良平の名前が!!
慌てて近くのコンビニに停めて視聴しましたよ。神戸マラソンで神戸に行って、横尾忠則現代美術館と神戸市立小磯記念美術館に足を運んだくらいで、小磯良平!何が出た!と。
小磯良平の東京美術学校時代の先生が藤島武二先生で、小磯良平は美校を首席で卒業し、パリに留学していたということも、鑑定団で復習。
1903年生まれといえば、棟方志功もだなあと思っていたら、棟方志功の珍品も登場!
何だろう、このタイミング。
たまたまか?
藤島武二の《黒扇》と、同じ展示室にあった黒田清輝の《プラハの少女》が気に入ってしまった。黒田清輝は最初は優等生っぽい絵を描いてそのまま日本洋画界の重鎮になってさ、と軽く見ていたのですが、
どうしたことだ、年々、目が離せなくなってきたぞ。
《プラハの少女》は代表作でもないし、ブリヂストン美術館オリジナルポストカードにもなっていないんだけど、
少女の顔の荒々しいタッチはちょっとスーティンみたいでいい。
話は全然違うみたいだが、私は松任谷由実のアルバムを1982~1993までずっと買っていたのだが、好きな曲はアルバムに1、2曲だったんです。
で、いいなぁと思うのは、ユーミンにしては異色作で、シングルカットされないようなやつね。
私が黒田清輝の絵でいいなあ、イカす!と思うものも、ユーミンの異色作みたいなものかも。
《プラハの少女》はほんとうにいいんだけどなあ。