
油彩の裸婦像も以前の展示にありましたから、オールヌードもありのカリキュラムだったもよう。

こちらはその裸体デッサンをカリキュラムに取り入れた黒田清輝先生。
萬鉄五郎が東京美術学校(いまの東京藝術大学美術部)西洋画科に入ったときの西洋画科主任教授です。
黒田清輝のモデルは留学先の西欧人で、萬鉄五郎のモデルは日本人という体格やプロポーションが違うのは当然ですが、
体格が変わればポーズもかわるわけで、いやに堂々としているのが黒田先生のモデルと素描そのものですよ。

これは静岡県美術館のロダン・ウィングのロダンの彫刻。西欧人なんだけど、美青年でもないし、肉体美ですらない。表情もポーズも生々しさがあり、あまり彫刻のことも知らないのですが、
佐藤忠良の「きたな好み」の彫刻に通じるものがあり、萬鉄五郎のデッサンはこちらの流れにはいるものだという気がいたします。
あ、これらの画像はすべて撮影OKでフラッシュなしの撮影であります。
日本の油絵は高橋由一がトラクターで土地を均し、黒田清輝がアスファルト舗装し、
その後の世代の画家たちは、アスファルト道路を疾走して未踏の地に至るか、アスファルト道路をオープンカーでご機嫌に走るか、さまざまです。
という個人的認識ですが、
これは日本のSFについて、
星新一が天文学者でSFという星を発見し、小松左京がそこに乗り込みトラクターとダンプで土地を均し道路を作り、
(このあたりは高度急成長と田中角栄の時代が子ども時代だった私には絵としてよくわかる)
そこにスポーツカーで颯爽とやってきたのが筒井康隆、
という細部は違うかもしれないけれど、そういう喩えがありまして、
中学時代によんだものを応用したものです。
高橋由一VS黒田清輝、と言いたいのですが、黒田清輝が颯爽とフランス留学から帰国し東京美術学校の教授となるあたり、高橋由一は入れ替わるように鬼籍に入るので、
脂派VS紫派の対決というわけでもなかったかと。
萬さんの解説のために黒田清輝についても少しは知らないと、とか思って勉強していたにですが、
最近は興味のたいが幕末から明治大正あたりまでの美術と範囲が広くなってきて困ってます。
萬さんのこともすっかり年譜や作品が頭に入っているというふうでもないのですが。
ただ美術館にずいぶん知り合いがふえました。あ、この人もいたのね、この人も知ってる、前に違う美術館でも会ったね、
と一人あやとりのような会話を楽しんでおります。知っている作家がふえると楽しいのは美術館も図書館もおなじですねー。