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架空の劇団 第16回公演 残像 作・演出 くらもちひろゆき

架空の劇団という名前が最初から気になっていました。

演劇も架空のこと、吉田健一の小説のタイトルを使うなら、
「絵空ごと」であります。

絵空ごとに絵空ごとを重ねて、そこにあらわれるものは虚数なのか、
虚構の姿を借りた真実なのか。

劇作家2人体制で、今回はくらもちひろゆきさんの4年ぶりとなる完全新作。
もうひとりの劇作家高橋拓さんは今回、キャストで参加していました。




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チラシとはべつに、受付でもらうリーフレットにキャストの紹介があり、
コルクボードに止められた写真仕立て。役の顔じゃないところが楽しい。

✩キャスト✩

坂下写真館店主 坂下良成役 東海林浩英

坂下の妻 経理担当 坂下凛子役 福地智愛子 オンシアター自在社

坂下家の長女 坂下莉菜役 佐藤瑠奈 

坂下写真館従業員 山崎隼太役 菅野祟

保険外交員 小山楓役 福田紋子

税理士 岩渕寛志役 高橋拓

寛志の妻 岩渕棗役 矢澤志津香

フィルムカメラ愛好家 十文字悦郎役 中尾正昭

公演時間 休憩なしで1時間40分

舞台は水色の変形6曲1隻の屏風でもあるような壁に夥しい家族の写真が飾られた、
ちょっと懐かしい雰囲気の写真館。壁に、S MAXとあり、MAXってなにかなーと思っていると、
床には無造作に置かれた「坂下写真館」の看板がある。

登場したのはどうやらこの写真館の主らしい、中年の男性。40代だろうか。

家族に宛ててビデオレターを撮りはじめる。どうやら健康に心配があるようなのだ…

その撮っている坂下の照れて固くなっているところは、芝居のなかの芝居になっているわけで、
役者さんだから舞台でなにかするのに固くなる、というわけはないのに、ビデオレターを
撮っているということで、ぎこちなくなる、という演技ってどうなんだろうと思いながら見ていた。

これも計算なのか自然にそうなっていくものなのか、劇の中で月日が経つにつれて、
坂下のビデオカメラに向かう態度は自然になっていく…。

ビデオレターを撮ろうとすると邪魔が入り、

心配事を隠したまま、彼は仕事を始める。

お客様その1

保険外交員の小山は、坂下からDVDを預かり、自分の子供の写真を
選んでDVDに焼き付けてもらうようだ。ガラスケースには高価なカメラが並ぶが、
その上に2台のPCが並び、画面をスワイプして画像を選択するようだ。


チラシに、

「フィルムカメラからデジタルカメラへの移行の時期に少々乗り遅れたため
経営は苦しい」

とあったことを思い出す。私はカメラにも写真にも無知なんだけど、もしかしたら
そのやり方も時代に乗り遅れているような…。

小山がスワイプしている間につぎのお客さんがきて、小山はずっと舞台にいて、
そのやりとりも聞いている…。

お客様その2

「岩渕先生」と呼ばれる、飄々とした年配の男性と、その若い妻。
岩渕先生は理科系の大学教授かな、となんとなく風変わりな感じからそう思っていたのですが、

税理士の先生だということがわかる。坂下の妻はこの先生を、

「岩渕くん」とタメ口である。坂下より奥さんの方がちょっと年上だなあと思っていたら、
姉さん女房で、というセリフが出てきて合点する。


飄々としている岩渕先生はじつは余命宣告されたという。妻の棗は若々しく、だいぶ年の差があり、
子どもたちはまだ就学前と幼いのだ。

写真館に来たのは、遺影を生前に撮っておこうと思ってのことだった。


小山と棗が言葉をかわす。きっかけは小山の
息子がもう就職したということに棗が驚いてのことだ。じつはずいぶん若いお母さんだな、
とうすうす思っていたのだった。

小山はヤンママだった。ヤンキーなママじゃなくて、高校生で出産してひとりで息子を育ててきたのだった。

岩渕も小山と話して、うちも保険の代理店をやっているということを話す。

(これがあとあと伏線になるのですが、そのときは副業で代理店をやっているひとって
いるよなあと思っただけでした)


飄々としておとぼけの雰囲気の岩渕先生。
明るく振舞おうとしながらも時々、つまってしまう棗。
健康に不安を抱えながらも仕事でも懸案が重なる坂下。
明るくてハキハキとして、とにかく屈託のない凛子。
いまどきの女子高校生らしさはあるが、両親に甘えている莉菜。
(舞台には登場しないが野球をやっている小学生の弟がいる)
不良外交員なんです、と言いながら、仕事も人も大事にしている小山。
仕事はだいぶできるようになった助手の山崎は潤滑油のような存在だ。
フィルムカメラ愛好家の十文字はリタイヤ後の人生を趣味のカメラで楽しく生きているように見える…


8人の男女がいつも同じ顔を見せているわけではない。

余命宣告を受けても飄々としている岩渕先生だが、その岩渕先生を

「戦っているんですよ」と棗に語ったのは十文字。年配の穏やかな男性だが、
彼もまたなにかと戦ってきたから、一見、明るくとぼけたことばかりしている岩渕が
ほんとうは内側で戦っているのを感じとったのだ。


年の差のある夫がなくなったら、幼い子供たちを抱えて未亡人になる棗に、
子どもたちが支えてくれますよ、という。

十文字は震災で息子を失っていたのだった。

自分より後に生まれた子どもを先に亡くすつらさ。

写真はもどってきたんですけどね、と語る。震災の後、流された写真の修復のボランティアを
していた、と最近よんだある写真家の写真集にあった。そうやって手元に写真は戻ってきたのだろう。
けれども子どもは帰ってこなかった。十文字は店の写真教室にも熱心に通い、手伝いまでやってくれるほどだが、家族写真が多く飾られている坂下写真館に訪れるのは、

家族写真に人一倍、思いがあるからなのだろうか。


ふたりの間にシンパシーが生まれる。

そこへ凛子が戻ってきて、あー、なんだかわかりあっちゃた、みたいな空気が流れてるね、
というようなことを行って、舞台に風を起こす。湿りけすぎた舞台をいつも凛子がカラッと
ドライ仕上げをするのだ。凛子のキャラクターというより、凛子役の女優さんのつくりだした
凛子がすごくすきで、登場するとずっと凛子ばかりみていたくらいだ(笑)。


ヤンママで高校で妊娠出産、よくある話だが、彼女の息子は自衛隊の
奨学金制度を利用して自衛隊員となった。実家も頼れず、一人ですべて
決めてやってきた彼女も、息子が海外に派遣されて不安を抱えている。

遺影の前撮り(でいいのか?)から1年後、遺影を撮ったのがよかったのか、
1年生き延びた岩渕先生夫婦がまた遺影の更新にやってきた。

岩渕先生、キンパのボブのカツラ着用である。いきなりカツラをばっさと脱ぐ場面では
やっぱり腹を抱えてしまった。岩渕先生はにこりともしないで演じているので、おかしさは
際立つばかりだ。抗がん剤の副作用で髪が抜けたのだ。そこで、だったら金髪のカツラを
かぶっちゃおうというのが岩渕先生なのだ。ファッションも、金髪にあわせてそら豆色のシャツに麦わら色のズボンと若いというかどこか王子様っぽい。

舞台に笑いと和みが生まれたかと思ったけれど、かつらを外した岩渕のツルツルの坊主頭をいとおしむように撫でる棗と岩渕の交わす言葉が温かく、しみじみよかった。若い棗が岩渕のお母さんのようでもあったり。

その1年後、坂下写真館には岩渕のおちゃめな遺影が飾られている。遺影然としたものではなく、記念写真ふうに見えないこともない、そんな写真だ。

小山は岩渕の代理店のあとを引き継いだ棗にヘッドハンティングされ、二人三脚で
保険業務をやっている。山崎はできちゃった婚で結婚するらしい。
十文字は写真教室の手伝いからだいぶ積極的に写真館を助けるようになっていた。



いっぽう、坂下の方はジワジワと下り坂になっていっているようだ。
いつもやっていた学校の仕事が入札になったり、写真館の経営状況は日毎悪くなってきたようだ。
だがまだこの頃は、凛子にあたらしい機材を買いたいと言って反対されたり、そのやりとりに余裕があった。

病状が悪化し、うつ状態に陥った坂下はついに店に姿を見せなくなった。

気丈な凛子と山崎が店をなんとか支えているが、給与の支払いもやっとのようだ。

莉菜は進学せず、店の手伝いを申し出る。いつも学校帰りに写真館にきてはなにかおやつはない?と
甘えていた娘は、自分が写真館が大好きだから毎日ここに来ていたんだ、と。

夜、パジャマ姿でビデオレターを撮る坂下。どこか朦朧とした感じがある。
パジャマももしかしたら一日中着ていたのだろうか。

莉菜がきて、ビデオレターを覗き込もうとするとあわてて隠しながら、莉菜が咳をすると、
毛布をもってきてやろうと部屋を出て行く。

静かな夜の父娘。

そこへ走り込んできたのは凛子だった。凛子は坂下が自殺するのではないかと
いつも心配していたのだった。なにごともなげに毛布をかかえて戻ってきた坂下に、
夜にいなくならないで、と震えながら責め、坂下はそんな凛子をなだめ、親子三人は
写真館のソファーで毛布をかけて眠る…


この場面では描かれなかった坂下がいちばん状態の悪い時期にどんなふうだったか、
凛子がそんな坂下をずっと支え守ってきて疲れきっていたではないか、とかそんなことを考え、

三人が毛布をかぶって照明が暗くなっていくあたりで涙が止まらなくなった。
ホッとしたのだ。坂下は死を選ばなかったし、凛子も莉菜も坂下を守っていたのだと。



最後の場面(でも見ている方はこれが最後の場面だとはわからないもんですよね)。

坂下はまたビデオレターを撮っているようだ。
最初のあのぎこちないビデオレターが嘘のように?なめらかである。

と、

その坂下のうしろに入りこむ凛子と莉菜。

坂下は気づかない。

凛子と莉菜がトランプを扇のように広げるやり方で、
DVDを何枚も広げている。8枚あった(と思った)。


何も知らない坂下の後ろでにやにやしながら、
DVDを広げるふたり。

これだけで坂下がもう、死を望むほどの絶望からは救われたことが
わかった。DVDの数は坂下が死をくぐり抜けた証拠だった。


印象に残った役者さんはやっぱり凛子役の福地さんと、
岩渕先生の高橋さん。セリフはそう多くないけれど、十文字役の中尾さん。
しみじみ心に残った。

坂下写真館の店主を演じた東海林さん、助手の山崎役の菅野祟さんの男性は、
とにかくふつうの演技がうまかったように思う。どこにもありそうな、小さな写真館にリアルをもたらす演技というか、たたずまいというか…。個性的な女性陣に比べて男性陣は岩渕先生以外は地味で、
どこにもいそうな雰囲気だった(すみません)。それは誰にも同じ程度の分量でふるまわれる、幸と不幸を、
誰もが噛み締めるようにして生きている、というあたりまえの生活や暮らしへのエールのようでもあった。

ささやかなしあわせ、というのが贅沢な時代になってしまったから、
坂下写真館の物語は、寓話としても受け取れそうな気がした。