岩手県立美術館の常設展第3期展示がはじまっています。

(10月4日~2015年1月18日)

今回は、萬鉄五郎の木版画と、
いのちの旗じるし 柚木沙弥郎 の特別展示があり、

また、次回の企画展のため舟越保武の彫刻群がお引越ししたので、
どんな展示構成になっているのか、楽しみでした。



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常設展示室の1室目に入って目に飛び込んできたのは、

畠山孝一の「三陸わが庭」でした。

第2期でも展示されていたのですが、奥の壁に展示されると、
文字通り、幟旗鮮明で、大漁旗と海の青があざやかです。

柚木沙弥郎の「いのちの旗じるし」に呼応しているのだな、と
家に帰ってから気づきました(遅い!)。


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室内に流れ込んでくる三陸の海…。岩の描写がリアルであればあるほど、
室内の新聞紙や湯呑をつなぐ大漁旗がシュールで、
すきなタイプの絵なのです。



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「三陸わが庭」に響きあう、白石隆一の「三陸の魚」。

連想するのはオランダの静物画でした。
魚がリアルに生き生きと描かれているほど、だまし絵のようにも
見える…。


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そして大宮政郎「南昌山 SPEEDs=1;50」


この部屋にはほかにも岩手をモチーフにした、しかし、単なる風景画ではない
絵があつめられていて、いままでにも見たことがある絵だったり作家だったりしたのですが、

レイアウトによって受ける印象はずいぶんちがうものだなあと感じました。

畠山孝一さんの描いた大漁旗が鮮やかなのが特に印象的でした。


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たまたまですが、図書館に行った時に、本田健さんの絵がそちらにも
展示してあるので、あー、美術館の本田さんの作品もみたいなーと
思っていたので、まるで私の気持ちが通じたかのようだ!と勝手に
喜んだ私です。

リアルに、写実的に描かれた作品のはずですが、それが一線を超えると
リアルからシュールに見えてしまう…あくまでも個人の感想ですが、
この部屋の作品にはそういうものが多くあつめられている気がしました。

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そして松本竣介・舟越保武室は、ただいま舟越保武さんの彫刻は
次回企画展のためにお引越し中。

その舟越さんのスペースに「いのちの旗じるし 柚木沙弥郎」
特別展示があり、

見ごたえがあります!

たまたまなのか、空調で展示された作品がはためいていて、

ああ、ほんとうに「旗」だなあと。意図的に空調がつよくなっている一角があったのかな?

写真撮影禁止だったので、写真はないのですが、

その作品のひとつひとつが胸に染み入る感じで…

どれが特に好きというより、展示室全体から深く澄んだ、強い、
光と風のある、透きとおったなにかがこちらの体に染み込んでくる、

そんな感じだったのです。



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その隣の松本竣介スペースは、

舟越保武さんがいなくなった分、ここは私が盛り立てますから!
という気概を感じました。スペースが気概って、と思われるでしょうが、
私は幼稚なので、なんにでも人格を感じているのでした。


特に入口から入ってすぐの3枚には釘付けです。

松本竣介「黒い花」1940年

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靉光「花・変様」1941年頃

靉光は広島出身の画家で松本竣介と交流があり、ともに
新人画会のメンバーでした。

この新人画会が結成されたのは太平洋戦争中の1943年。

新人画会展は3回で終わりましたが、彼らの作品や活動はいまも
語り継がれています。


新人画会で検索したら、2008年に板橋区立美術館で、
新人画会展があったのですね。

以下はその解説からの引用です。



「「新人画会」は、第二次世界大戦の末期の、1943年に井上長三郎、靉光、糸園和三郎、麻生三郎、寺田政明、大野五郎、松本竣介、鶴岡政男の8人の画家の交友により結成されました。言論や表現への制限が布かれる時代の中でも、彼らは描きたいものを描き、空襲下の銀座で展覧会を開きました。戦争やメンバーの疎開、死などにより、展覧会は3度しか開かれませんでしたが、彼らの作品や活動は今も語り継がれています。」

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麻生三郎もまたメンバーのひとりであり、松本竣介、舟越保武とも交流がありました。

2012年に大規模な松本竣介展があった時に、松本竣介の展示室にはかわりに
神奈川県立近代美術館所蔵の麻生三郎の作品がまとめて展示されていて、

それがすごくよかったんです。麻生三郎、いいなあ~勉強したいな~と思っているうちに
1年がすぎ、お別れ…。

でもその後もあちこちの美術展や美術館の所蔵作品でボツボツ再会しているのですが。

この「青年像」1939年は太平洋戦争直前の不穏な時代にあって、自分は自分として生きる!という
強い意思を感じるのですが、

柚木沙弥郎の「いのちの旗じるし」にむかって、

三人が、おーい、俺たちも旗を振り続けているぞーと言っているようで、
この3枚を見てから柚木沙弥郎展をみて、またこの3枚の前に戻ってきたら、

グッとくるものがありました。

絵をそんなふうにみるのは邪道だと前は思っていて、絵は背景や画家の人生など考えずに
その絵だけで見るのが純粋だ、と思っていたんです。

しかしいまは、背景に戦争があること、靉光は原爆投下された広島出身であること、
松本竣介も靉光も夭逝していること、

いろんなことを考え、「いのちの旗じるし」が常設展のすべての作品にむけて振られ、
また来館者のひとりひとりにも振られているのではないかなあ~などと感じたのでした。