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よしこのお芝居は「花葬日記」を見に行ってから

ずっと見たかったのです。



というのは、「花葬日記」のあと、2年間のお休みに

入りまして。あー、はやく見たい!


と思いながらも、けっこうほかの劇団に客演していたり、

音楽・衣裳などなどで参加していたりして、


「(よしこ)」の文字をパンフレットやチラシに見つけると、

ちょっとうれしい。


そんな「よしこ」の公演がきまって、怪談をモチーフにした

お芝居だとわかって、でも、チラシを見ると、ちょっと怖いような

可愛い女の子がグルグルの髪の渦巻きの中で眠っているところだし、


おどろおどろしい怪談じゃなくて、哀しさと不思議さのある怪談かなあなどと

想像をめぐらしていました。


迷九数唄ができるまで  


↑の特設ブログでめずらしく予習したりして。この際、ファンクラブ会員になりましたよー。

よしこの受付にはよしこのイラストを描いている斎藤さんもよしこタオルを巻いておいででした。


よしこタオル、今回は買ってしまいましたよー。私も頭に巻くんだ!いつ…(笑)。


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公演の感想です。18日と19日、両方の感想がないまぜになっています。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


会場に入るとそこには、よしこ人形が天井から吊るされ、あの世からの風が吹き付けてくるようです。


盛岡劇場タウンホールは地下で、そんなに大きなホールではないのですが、人気の劇団なので開演15分前にはもう座れる席が数少なくなってきていました。


そんな中でもよしこの団員の方が、お客さんのために座布団をふやしたり、椅子を出したりして、

ひとりでも多くの方に気持ちよくみてほしい、という、強い意志を感じました。


舞台には両脇にグレーの階段が左右対称に置かれ、でもまったくの左右対称ではなく、すこし段数がちがうようだ。


中央に四角い石。


石たちの向こうに障子があり、障子には季節柄、七夕の吹き流しのようなフリンジがついて、

あちら側から吹き付けてくる風に舞っている…


天井から紅いリボンで吊るされた、1から9の数字たち。よしこ人形たち。


開演まえのアナウンスが流れる…



「鳴り物はいさぎよく、きっぱりと電源からお切りになることをやんわりとお勧めします」


このアナウンスに吹き出しながら、もちろん、電源はとうに切ってある。

隣の席のカップル(と言っても私とどっこいである)が、よしこ人形が前には階段とかにも置かれてあったわね、とささやいている。きっと長いファンなのだろう。後を振り返ったら、鄙には稀な美少女、というか、ロリータファッションの美少女コスプレイヤーや、ロリゴスっぽいファッションの女性もおいでだった。でもそんな方は稀で、一見は私のようなふつうの人たち、よしこのお芝居が楽しみで来た、という人たちだったと思われる。もちろん、ロリータファッションの女性はその喜びをファッションで表現してきたのだと共感する。


スモークがつよく焚かれ(でいいのか?)、濁った水の中にうまれたあぶくが消えてはまた浮かぶような、くぐもった水の音が響き、舞台にはいつのまにか、頭巾をかぶった三人が座っている。


両端のふたりは紅いフードというより、小人の被る三角帽子を頭巾にアレンジしたような、オレンジ色の和柄のものを被り、中央の女性はレーシーなフードで、青とグリーンをベースにした丈の長いチュニックとその下に孔雀色のワンピースを着ているようだ。


両端のふたりは黒に派手な金色やオレンジや赤の着物の布で縁取りのある、中華風のチュニックと大国主命みたいな裾のふくらんだパンツ。髪型も後ろでふわふわのシニヨンししつつ、前髪もすべてあげて、細い三つ編みがゆれているところは中華風である。


三人は本を持ち、お菊の呪いの物語を朗読する…。



やがて、中央の女が家宝の皿を一枚割った疑いをかけられ、激情した主人によって、

右手の中指を切り落とされ、食べ物も与えられず屋敷の一室に監禁され、半月後には

そのゆくえは杳として知れなかった…ただ生まれてきた奥方の赤ん坊には右手の中指がなかった。


その後も怪異が続き、青山のお屋敷は廃れてしまった…。




フードをはらい、顔をあらわにした女があちらの世界にいるであろうお菊に問いかける。

まだ障子の向こうには誰もいない。風が吹き付けてくるだけだ。



「あなたは何歳になりましたか」


そして自分の右手には中指がない、と手を高く上げ、

この呪いの鎖を自分が切らなくてはならない、と宣言する。


暗転。


生まれた赤ん坊のような、長い泣き声が響く。



そこにいたのは最初の場面にいた黒っぽいチュニックのふたり。

泣いていたのはお菊さんの境遇に同情してのことだった。


だってあんまり可哀相、と泣くのは一子。

もうひとりは二子ということがやがてわかる。


ふたりが顔をあげた瞬間、ドキッとする。


まるでお祭りの狐面のように、真っ白く塗られ、

額はきらきらと銀色のラメで輝いている。瞼と眼の下に塗られた、

青の隈。一子は1本、二子は2本。


「迷九数唄」は9枚のお皿を数え続けるお菊と、その呪いで

苦しむ9本の指の女と、


そのふたりの物語を見届けたいという元オカルト研究会、略してオカ研の

一子と二子が登場するが、


名前にも、セリフにもつねに数の意味がしみついている。一子のフードは三角、

二子のフードは双子山状態になっている。一と二。


一子と二子は、オカルト研究会でこのお菊さんの皿屋敷にやってきて死んでしまい、

地縛霊になってしまった、というのにめちゃくちゃ明るい。


一子があみんを歌いだすと、


「わたしまーつーわー」とふたりで下を歌ってしまい、お経のようになったり、

地縛霊仲間?の田中君(よしこ人形)が落ちてきたところで、お経じゃないけどね、と、

また「待つわ」をお経のように上げたり、


女とお菊のシリアス(でもところどころギャグが入る)な対立と、一子と二子の双子のような

関係の対照もおもしろい。



一子二子のコミカルな場面と、女とお菊(障子の向こうが照明でぼうっと明るくなり、そちらに

ぼさぼさの髪にピンク色の着物、前垂れをかけたお菊と女の場面が交互に演じられる。


女は9本の指で生まれて、最初におぼえた言葉は数字、ものごとを数字でしか考えられない、と語り、


1から9までの数字に纏わる、熟語や花の名前や諺、ものの数え方、そしてよしこの歴代のお芝居を

語る。このセリフがほんとうに聴いていておもしろかったのです。練られたセリフだし、そのセリフに感情を乗せる役者さんの力だと思いますが、


数がただの数ではなく、すべてに意味のあるものに見えたら世界は変わって見えてくるのではいでしょうか。




やがて女に一子と二子の存在が見えてしまう。地縛霊のふたりはいままでにもここを

訪れてはお菊の怨霊パワーにやられて死んでいった者たちをずっと見てきたのだった。


でも、この女はちがうんじゃないか、とふたりは女に期待を寄せて見守っていた…のだが、

見られてしまうとは。


なぜ見えるの、とふたりは訝しがり、生まれかかっている人とか死にかかっている人には見えるのかも、と言いさして、でもこんなに「生まれきっている人」にはねえ、と言うと、


女は心当たりがあると、フード付のガウンを脱ぎ、ジュリエットのような裾の長いドレスのおなかを抑える。みごもっていたのだった。


女がお菊の呪いを断ち切らなくていけない、といままでにやってきたただの怖いモノ見たさの人々と違うのは自分のため、そして、おなかの中の子どものため、その先の未来のためだった。



元オカ研の小道具係のふたりは女の決意を見て、お菊がずっと探し続け、そのためにこの屋敷の地縛霊となって成仏できないでいる、10枚目の皿を女に渡す。


この場面の二子がカッコよかった!セリフは短いのですが、孤独に生きてきた9本の指の女の手をつなぐ存在がはじめてここに現れたのだと。



そしてとうとう、お菊と女の最後の場面。


真っ赤な障子はお菊の流した血、指を斬られてそのまま閉じ込められ、膿んだ片腕の熱苦しさ、悔しさ、哀しみ、断ち切れない念が焔となって、女に襲い掛かってくるようだ。白い吹き流しのようなフリンジが燃えさかる炎のように翻る。


切り落とされた指を何度も何度も拾ってつけようとしたお菊。まだ幼い、素直でたまに厨で味付けをさせてもらう大役を大いに誇らしく思っているような少女だったお菊。


切り落とされた指のために右はやがて腫れと化膿で熱く、耐えがたい痛みにお菊は井戸の水で冷やそうとして庭に走り出て、足を滑らせて井戸へ…。


自分が死んだことも知らず、あの1枚の皿が見つかれば自分の無罪は証明されると思って、数え続けるお菊と、その呪いの連鎖でずっと右手の中指のない赤ん坊を産み続けてきた一族。


もう終わりにしよう、と女はお菊に訴える…

そして。





上演時間80分。

最初から最後まで、ずっと五感をゆさぶられつづけているようなお芝居でした。

お菊が墜ちた井戸の底のような水音、一子と二子のコミカルな動き、揺れる細い三つ編み、

女のベネチアの貴族の娘のようなドレス(フード付きガウンでしたが、ドレスのようでした)。


呪縛の連鎖。もうやめよう、やめなくては自分のためにも、未来のためにも、と思うことが

誰の中にもひとつ、凝っているのではないでしょうか。怪談に封じ込められたお菊さんの悲しみを

救うことで、女が救われ、そのおなかの中にいた赤ん坊の未来も救ったように、


私たちもこの物語に救われ、劇中の言葉や表情や、水音や差し込むうつくしい光の中の手を思い出して、

自分を縛っているものを断ち截る勇気をもらった気がします。


今回の台本が売られていたので、もちろん、買いました!

でもこの感想ブログは台本を見ないで、自分が五感でうけとったことを書いてみました。

(だからストーリーに沿っていないし、勘違いもあるかも)



来年の夏も、またよしこのお芝居に会いに行くのが楽しみだ!


公演はきょうの14時が最後なので、いらっしゃれる方はぜひお見逃しなく。


ではでは☆