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「実際の上演台本と若干異なる点があります」

と断り書きがありました。


「特に、高木、吉田の台詞は津軽弁の、松井は福島弁の口語体に
近い形に変更されます」


ト書きにも、公演のチラシにも「東北地方のとある大学の研究室」とあるのですが、

幕があがる、ということはなく、舞台には最初からソファーにひとりのn女性がかけています。

グリーン、オレンジ、赤、といったポップな、あまりお金のかかっていないイスやテーブルが置かれた
部屋には奥の方に鉄パイプとそれにぶら下げられた、皮をむいた長い木の枝(2mくらい?)があり、

サナダムシの標本を表しているのかな、と思う。物販で目黒寄生虫館のグッズを販売していたし。


困惑と微笑みが入り混じった表情の女が待っていると、

バリバリの津軽弁の白衣の下は紫色のフード付きトレーナーの男が登場。

会話からすると、女性は由美さんと言って、この研究室の一員である西島さんの奥さんで、
寄生虫の講義をおなじ研究室の高木さんに習っているらしい。

高木さんはバリバリの津軽弁である。
津軽弁は歯切れがよく、方言であることを微塵も恥ずかしがっていない。
その歯切れのいい津軽弁と寄生虫への偏愛に、由美さんは押され、

トレードマークの困惑と貼り付けたような微笑みが消える瞬間はない。


高木さんが由美さんに講義をしているところへ、研究室のほかのメンバーが。

吉田さんという女性は、由美さんと同年代くらいだろうか。長身に頬骨の高い、古い言葉だが、
バリバリの研究者って感じである。が、口を開くと彼女もまた、寄生虫への愛でいっぱいなのだ。

しかも吉田さんは私はまだふつう、と思っているところがまたおかしい。

そこへ入ってきたのが松井さんという、お笑いタレントでふっくらしてチャーミングな女の子がいるが、
あんな雰囲気である。でもこの松井さんは検便大王なのだった。

とにかくシャーレ―さばき(なのか?)が早く、その腕前はシリコンバレーもかくや、と自分で言うのだった。


吉田さんも、高木さんも、この松井さんの寄生虫愛がいちばんすごい、とその恐るべきエピソードを楽しげに語り、ますます困惑の微笑みを浮かべる由美さん。

由美さんもじつは大学では生物を専攻していたということが語られる。
おー、理系夫婦じゃないか、と思っていると、

癌細胞が専門で、寄生虫とはちがいますよ、と。

笑顔をたやさないけれど、何を考えているのかがいまひとつわからない、
そんな奥さんっていたなー、と思っていたら、由美さんがちょっと周りが応答に困るようなことを口にしてしまう。


私はこの町も寄生虫も好きになれない、と。



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検便大王の松井さんだけが残された研究室に、
狐のお面を被った西島さんらしき人物がやってくるシーンが印象的だった。


その時松井さんは、

「サナダムシ―は金持ちだー」

という意味不明な歌を歌いながら、たぶんなにかの寄生虫の絵を
楽しげにホワイトボードに描いている最中だった。

西島さん?と声をかけても反応しないそのキツネ目ならぬ、
狐面の男は、


わ!

と狐の面の口をぱかとあけて、去ってしまう。


いったい、いまのはなんだったのか?と松井さんも首をひねるが、
その謎は最後まで解明されることはない。


生きのいい狐が研究室に運び込まれ、その寄生虫にみんなが大喜びする
場面のあとだったので、冗談のつもりだったのにうけなかったということだろうか?
そうじゃない気がするのだが。

ドラマティックな展開はない舞台だけれど、台詞のテンポや間がいかにも芝居、という感じがしなくて、

由美が、

やっぱり、ワタシ、寄生虫好きになれないし。


この街も好きになれないし、


と言うあたりの空気や間合いがなんともいえなかった。

また、

西島さん(台本では昭夫になっているが、舞台では西島さん、と研究室の同僚に呼ばれていた)も西島さんで、

ハッとするような言葉を発し、このふたりはもしかしたら夫婦の危機にあるのじゃないか、と思わせる。


しかし、

淡々とした流れの中で、

最後の場面で、西島さんは由美さんに、ある意味、二度目のプロポーズとも取れるような、
フタゴムシについての説明をしはじめる…。

パートナーに出会えなかったフタゴムシは受精することはありませんし、成長もできません。




それでもフタゴムシは…強く結合し、そのままに匹は、成長していきます。


フタゴムシについての講義は、西島さんから由美さんへの、それでもやっぱり君とここにいたい、君は東京に帰りたいかもしれないけれど、どちらかがどちらに寄生するのではなく、

おなじ寄生虫として一緒に成長していこう、というような語り掛けに思えます。


津軽弁でガンガン飛ばす高木さんや、若くて情熱的で、ユーモアいっぱいの松井さん、
自分だけはふつうよ、と思っているけどシャーレ―にカバーを手編みでつくっちゃったり、
寄生虫にペットネームをつけちゃう吉田さんなど、

ほかの研究所員たちがわりにカラーがはっきりしているのにくらべ、西島さんは一見、
大人しいおじさんのように見える…が、いちばん野蛮で寄生虫を愛しているのが西島さんなのだった。

そして由美さんは夫が愛する寄生虫を好きになれない。



始終微笑み、困惑していた由美さんが、

サナダムシダイエットをじつはしていたり、寄生虫が原因で離婚した吉田さんと意気投合してアイスクリームをたべに行ったり、

ものすごい重装備で外に出たり、
(実際青森はそんなに寒くないのにーと思った。雪深い地方はむしろ暖かいです。

ただ、その重装備は由美さんの、この寒い、田舎が大きらい、という心の鎧なのだと思った)

吉田さんがあまりに楽しげに誘うので、思い切って犬鉤虫(寄生虫)を見に行ったものの、
やっぱりダメで引き返してきたり、

由美さんも、フタゴムシのひとり(?)として、出会った西島さんの寄生虫を理解しようとしてはいる。西島さんはけれども、由美さんの心が東京に向いていて、自分への愛情はうすいのではないか、と疑っていて、


その疑いを由美さんにではなく、高木さんにポロリとこぼしたりする、そのあたりのひやっとする感じがまたリアリティがあっておもしろかった。

リアリティはあるが、それは舞台の上のリアリティで、現実をそのまま再現しているわけではなく。


なにも起こらなかったようなドラマの中で、声高に叫ぶのではなく、

松井さんがもうふるさとの福島には帰れなくなってしまった、ということ。


避難区域に潜り込んで寄生虫を採取しようとして、牛に追っかけられて、という
笑い話にしながら、


「だって気になるじゃないですか、どうなってんのか、福島の寄生虫たち、

故郷ですよ、私の故郷の寄生虫ですよ  巨大化してたりしたら、どうすんですか?


福島も、青森も、   東京都どっちが寄生してるんだか、って話ですよ」


淡々とした日常の中で、生死をかけて戦うという勇ましさはなくても、

由美さんも西島さんも、松井さんも、吉田さんも、自分のいる場所を求めて
身をふるわせている。

寄生虫を愛する不思議な人々の生態に思わず笑ってしまいながらも、
どうしても好きになれないもの、どうしても嫌いになれないもの、
愛するもの、共に生きたいもの、生まれ故郷というもの、

どうしても選びきれないものについて、寄生虫となっているのが
自分なのか、それとも寄生されているのか、

そんなことを考えながら、それでも、由美さんがまだすこし、
西島さんと一緒にいたい気持ちをもっていると思わせてくれる
終わり方が印象に残った。