きのうもきょうも、小田急小田原線に乗りまして、

下北沢、

を通りすぎる度に森茉莉の古いアパルトマンを思い出す。思い出すと言っても、「贅沢貧乏」をはじめとする、エッセイと小説のあいのこのようなもの、を思い出すのだが。

茉莉は戦前、鷗外の曰く「少々美術品らしき妻」であった母親を看取ったのち、浅草で気楽な一人暮らしをしていた。浅草は茉莉に合ったらしい。戦争があり、疎開生活があり、終戦後、また一人暮らしをはじめた茉莉が住んでいたのは世田谷、下北沢だった。

下北沢の茉莉は毎日喫茶店に通う。邪宗門というその喫茶店は、エッセイに描かれていた以上に茉莉を十分に甘やかして自由にさせていたようだ。




私はこのサイトを見てから、ああ、その気になれば邪宗門、行けるんじゃないか、とずっと思っていたのだが、

いまだに行っていない(笑)。


下北沢を何度も通過して、ああ、だいぶ森茉莉に近づいたなあ、と思ってそれで満足しちゃうような腰抜けだが、

邪宗門に入ったらたぶん、カチコチになって挙動不審なことをやらかしそうです。