劇団民藝の「シズコさん」、おもしろかったです。
もっとズーーーゥンと重く、終わった後に胸が痛むようなものを想像していたのですが、
(だったらなぜ、息子と来るかって話だ)
全然違っていました。
舞台は年老いたシズコさんの介護をめぐって、
ヨーコの母のシズコさんが7人産んで4人育てたきょうだいたちが、シズコさんを押し付け合うところからはじまります。
暗澹たる場面のはずですが、おろおろするきょうだい達の事情とヨーコの舌鋒の鋭さの対比。
絵本作家のヨーコ役は樫山文枝さんで、これが衣装、髪型からその挙措、ドードーと落ち着き払って辛辣な口を利き、ぷはーっと煙草を吸い続けるところまで、佐野洋子そのものでした。
それに対するシズコさんは塩屋洋子さん。
実際のシズコさんは「シズコさん」のカバーのようなグラマラスバディだったらしいのですが、塩屋さんは柳腰に着物姿の上品なおばあさま…口を開かなければ(笑)。
さすが、ヨーコに負けず劣らず人の痛いところをグサグサ突く上にヨーコにはない、
あたしは特別に大切にされるべきなの!
オーラ全開で、弟1ー弟2ー妹の順に面倒を見て、見切れず、
お姉ちゃんお願い!とヨーコが見ることになったのに、なぜか、
ヨーコが面倒を見させてください!と頭をさげ、生活費も治療費も、全部ヨーコ持ちで(あとには月7万円の電話代も!)、
それでもふんぞり返ったシズコさん。
なぜシズコさんはそんなに自信満々なのか。
銀座のモガだったシズコさんは帝大出の男と結婚すると決めていて、まんまと帝大出でさらに優秀な「カミソリ」「マムシ」と仲間にさえ畏怖された男を夫にします。
このお父さんがほんとうに美男で、美男で切れもので、
しかし病弱で暴力的でもあったらしい。
満州からの引き揚げ船で、きょうだいが5人いて、あの戦争中によ?あたし恥ずかしかった!とヨーコがきょうだいたちに愚痴りますが、
弟が追い詰められた生物が遺伝子を残さなければ!と子どもをたくさんつくったんじゃない?などと笑い話にしてしまいます。
「シズコさん」に親戚の悪口を書いてくれたおかげで後始末が大変だった、と息子の広瀬弦さん(舞台のタク君のモデル)が谷川俊太郎さんとの対談でお話になっていましたが、
そのフォローもあるのか、
この舞台「シズコさん」では、母と娘のキツイ関係を、きょうだいたちとの会話が明るく和らげていた気がします。
ヨーコが頑張り屋で頭もよく芸術的才能もあり、気が利いて父親がいちばん目をかけていた一方、
母親は利発で可愛らしく絵の才能も飛び抜けていた兄を溺愛していた佐野家。
弟のひとりはリストラ役をする中間管理職の悲哀をしょい、下の弟は学校崩壊と戦う教師で、
苦労人だけあって、
舞台でヨーコが胸にあふれる悲しみや恨みを語りはじめると、
弟達がお母さんは10歳のヨーコに嫉妬したんだ、張り合っていたんだと分析し、
おしめからなにから、大学の学費までみてくれたお姉ちゃんの気持ちを慰撫します。
「シズコさん」の佐野洋子はきょうだいたちとも戦い、母親とも戦い、病気とも世間とも戦っていましたが、
この舞台ではきょうだいたちは経済的な支援や母の世話を見ることはできなかったのですが、頑張り屋で長女気質のお姉ちゃんを頼りにしてきたことや、辛辣でも頼りになる姉を尊敬していることもわかります。
きょうだいたちとの会話場面はいずれもおかしみにあふれていて、自然でした。
シズコさんとヨーコのきつい関係についても、
四歳の頃、母に差し出した手を払いのけられ舌打ちされたこと、
幼い洋子に水汲みや薪拾い、その薪でご飯を炊くことなどきつい家事をいいつけ、
病弱な兄のことは「ぼうや」と呼んで猫っかわいがりだったこと。
次から次へとヨーコの恨み節が始まると、なんとか気持ちをほぐそうとします。
シズコの痛みや毒や優しさを理解しているのもよかった。
また、「シズコさん」からのエピソードだけではなく、
人気作家と結婚し、離婚し、癌になり、余命宣告ののち、ホスピスの分だけ残して思い切って買っちゃった!緑のジャガー!
という現実であり、エッセイに描かれたエピソードが織りこまれています。
二時間ほどのお芝居の中で、ヨーコとシズコさん、ふたりのメーキャップと髪と衣装が変わって行くのですが、
長いチュニックにパンタロンのスタイルのヨーコはほんとうにカッコイイ。
ところがそのヨーコにして唯一のミットモナイ姿になってしまうのが息子タクの存在で、これもエッセイなどで描かれていたとおり。
「あんたは子豚みたいにピンクの手足をして、食べたいほど可愛かった!」とタクに抱きつこうとするヨーコ。オイオイ…。
伊藤比呂美の「おなか・ほっぺ・おしり」の文庫の解説だったかなあ。私も佐野さんが相当すきなので、文庫の解説まで読み込んでいるのだ(笑)。
ただ、エッセイでは友達にも息子にも、他のことでは堂々としているあんたが、息子のことになるとみっともなくなっちゃって、と言われていると書いていても、実際のオロオロぶりは見た事が無いので(当たり前だ)、
本当にこうだったら確かに見たくないかもと思ったです。
そんなに猫っかわいがりの息子のことも、機嫌が悪いだけで殴ったことまでちゃーんとタクがセリフでつっこんでいます(笑)。
タクとシズコさんとの場面は、ヨーコには見えないヨーコを描いていて、また、ヨーコには合わない母であるシズコさんが、案外タクとは気があっていて、
これもわかる気がします。
辛辣なことではヨーコ以上のシズコさんは、ヨーコの再婚相手を「ユーレイ」と呼び、家の中で会ってもスーッと言ってしまう、と。ユーレイ、谷川俊太郎さんのことですけど、
佐野さんは宇宙人だと書いていました(笑)。やっぱり親子ですね。
ファザコンだから頭のいい男に惚れるヨーコ、マザコンだから化粧映えのする気の強い女を妻にして尻にしかれる弟。
原作ではとにかくお金は一銭も出さない妹とどす黒い怒りで描かれていた妹も、
舞台では白石珠江さんがちゃっかりしているけど、どこか憎めない妹として演じていました。
かっこいいヨーコもやがて癌になり髪が抜け、体がまるまって(演技で背筋のピンとのびたヨーコから病気のあと体が丸くなったヨーコまであまりに自然に演じていたので、
いまブログを書いていてやっときづいた)
ヨーコも老いたけれど、母も高級老人ホームで次第にぼけて、
あの刺々しい化粧美人のおばあちゃんから、牙を抜かれて大人しく小さくなった、
でもヨーコを優しくなでなでするようなおばあちゃんになっていました。
「毎日がアルツハイマー」も、認知症になった母をはじめて可愛いと思い、それまで苦手だった真面目で厳しい母がぼけてユーモアたっぷりの可愛い母になったことを、
喜んでさえいる感じがしましたが、
私もその気持ちがわかります。
親が認知症になるのは嬉しいことではないけれど、そこでやり直せる関係もあり、いままで損ねてきた自分の人生の綻びも繕う時間にもなるかもしれないのです。
最後の場面ではもうシズコさんは他界していて、ヨーコが入院の準備をしています。
お母さん、待っていてね、と明るい光の方へ向かい、あの背筋のピンとのびた、カッコいいヨーコとして旅立つところで幕。
ほんとうに素敵なヨーコだった!樫山文枝さん、最高でした。そして毒のある美人のおばあさんからちょっととぼけた弱々しいおばあさんの華麗なる変身も鮮やかだった塩屋洋子さんのシズコさん。
ほんとうに最後まで目の離せないいいお芝居でした。
もう一度見たいなあ。
