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以前、おもしろそうだなあと思いながらも見逃していた、「おでんの味」(現代時報)。

3/21~23の昼夜6回公演!

よく演劇関係者らしい人々が、

「さんすて」などと囁いているのを耳にして、最初なんだと思っていましたが、

「3ステージ」

つまり、3回公演ということなんですね。

この場合、6ステでしょうか。

私が見たのは4回目の、22日18時からの公演でした。

チラシにも駐車場は明記されていたのですが、そこが私のなんとも行き当たりばったり主義なところで、

雨まじりの雪の降る中、入り口でお迎えをしていた劇団の方に駐車場はユニバースが提携していますよ~と教えてもらって、


無事?到着。

すでに始まっていたのですが、靴の袋を持たせてくれたり、傘を預かってくれたりして、親身な受付の方々で。

大慈清水お休み処の中に入ったら、

畳の客席に座布団の席と、低めのベンチに座布団の席があって、

おそるおそるいちばん前の座布団席に。

舞台は8畳の茶の間で、大きな神棚があり、その下にまた大きな物入れがあって、このあたり、築56年のわが家に重なるところがあります。

天井の太い梁をみあげたり、ちょうど鉈屋町の旧暦の雛祭りのころで、お雛様が客席スペースに鎮座ましましていて、

八畳間の真ん中に、炬燵があり、そこに話を聞いていると兄弟とその甥らしい三人が、

就職の決まった甥の話を聞きながら、兄は水道局、弟は印刷会社に勤めていて、どちらも独身で母親とこの大きな趣のある古い家に住んでいるらしい、

と会話からわかってきます。

お母さんは明るく、ユーモアがあって、兄弟たちにはちょっとうざいところもあるけれど、

こんなおばさん、いるなあ、という親しみのもてるキャラクターで。

炬燵のある茶の間にはラジオが置いてあって、流れてくる放送から、いまが何年かわかります。

このお茶の間(とそれにつながっている台所)で展開される物語は、

平成20年春分の日から24年春分の日までの5場で構成されているのでした。
(もちろんお芝居が終わってからパンフレットをひらくタイプ)

サイパンに戦没者の骨を拾いに行ったというエピソードには、やはり、水木しげるの戦記物や藤田嗣治の黒い戦争画を連想したのですが、

そこで生々しい戦争の話につながるのではなく、コーヒーのお土産があったり、拾ってきた骨だ、とひずってみたりで和やかな雰囲気のままです。

ただ、このお芝居が最初に上演されたのは平成24年春分の日のあたり、ということでやはり、その時にはもっとショッキングな響きがあったかもしれない、と思いました。

ラジオの人生相談で、いいと年をして独身で女っ気が長い間ない息子たちを心配するお母さん。

実はこのお母さんが昔住んでいたアパートのお隣のおばさんにすごく似ていて、演技で作ったキャラクターが似ているのであって、

演じている女優さんが素に戻った時は違うのだと思い、繊細なリアリズムの演技だなあと感じました。

繊細といえば、この家族はみんな五本指ソックスなんですよ。お母さんが買ってきたものをそのまま着ているんだなあ、

彼女、いないんだ、と胸をつかれます(笑)。


おすぎとピーコを見ていて息子たちが心配で心配で、という必死な訴えもどこかおかしい。

弟の方が喜盛の湯やサウナに始終行くのも心配で、ってお母さん何を考えているんですか。ドッという笑いより、穏やかな春の海のような笑いが寄せては返す感じ。

やがて甥はフィアンセの女の子を連れてやってくるのですが、


思いがけない不幸が襲います。

中年の兄弟の静かで落ち着いた、もやもやと不満の積もった生活に突然あらわれた甥の婚約者はいまどきの物怖じしない、原色の雰囲気。

買ってもらってはまっているというデジカメであちこちを取り、なぜか兄の方を何ポーズも撮りまくる。ちょっとおっとりした兄と(俺のことは?)という表情のひがみっぽい弟のコントラストも可笑しい場面ですが、

手土産のたこ焼きを頬張った後、

(じつはここでフィアンセのお兄さんがヤクザだと打ち明ける甥。契りの杯を酌み交わすと)

コーヒーを淹れようと台所に立った兄は、倒れている母親を発見し、

悲鳴を上げるでもなく、無音劇のように母の状態を確かめ、弟に蕎麦の出前を頼むようなフラットな口調で救急車を呼んでくれ、母さんが倒れた、と。

119番にかけた弟は心臓マッサージのやり方を兄に伝え、兄は奥で母親に心臓マッサージを施し、、、


ているのはパントマイムになっており、

その前にお母さんが、

あー、寝ちゃった、と晴れ晴れと起きて八畳間に来るんですね。


予備知識なしに見ていたので、あ、やっぱりこの物語はほのぼのとした日常を描くお芝居なんだな、

と思いかけたのですが、

甥のフィアンセの女の子が幽霊を見たような顔で、いまそこにお母さんが、と。


奥では兄が心臓マッサージを繰り返し、弟は119番への電話をしていて、

時間が止まったまま、

彼岸と此岸の間にいるらしい、お母さんを呼ぶ声が上から。


階段をおりてきたのは、弟が生まれて間もなく亡くなったお父さん。お母さんを「綾ちゃん」と呼び、

お母さんも仙太郎さん、と呼び、仙太郎さんは綾ちゃんをお空に連れて行きたいのですが、

お母さんはふたりの息子たちが心配で、もう少しこちらにとどまるのですが、、。

場面が変わって、兄が外からおでんを買って帰ってきました。

LAWSONのおでん全種類。

外の冷たい風が入ってきたので、実際に外に買いに行っていたことがわかります。

客席をよぎって玄関を開けて出て行って戻ってきて。この大慈清水お休み処が舞台だからこその演出です。

お母さんが弟のために朝ごはんを支度する場面でも、レンジや冷蔵庫が実際に使用され、

実際に食べていましたっけ。

ここでは中年の兄弟が意識の戻らない母という重いものを抱えながら、

コンビニおでんの具をめぐってじゃれあい、やがて重苦しい言い争いになってしまいます。

病院でずっと眠っているお母さん、見舞いに通っている兄と、繊細さからかえって母親に冷たいことを口走る弟、諌める兄。

そしてふたりに呼びかけ続けるお母さん…。


この場面が個人的な家族史を呼び起こし、お母さんに自分と自分の母親を重ね合わせてしまいます。


最後の場面では、

お母さんの団欒の湯気を思わせるような声が残りました。


盛岡の旧い商家を活かしたお芝居で、演じられるのはやはりお彼岸を置いてないと思わせる、「おでんの味」。


この日いちばん揺さぶられた時空間でした。