群馬県立館林美術館コレクション☆近現代の彫刻Ⅲ(~1/13)


ちょうどきょうまでだったのは、山口晃展だけではなかったのでした。


余談ですが、この山口晃展の集客力は大いなるものがあったらしく、


帰りのバスのバス停が見つからず、荷物も重いし、手を上げて乗ったタクシーの運転手さんが山口晃さんを乗せたこともありますよ、


と言っていて、なにかラッキーだった。運転手さんの方が年配にもかかわらず、山口先生と自然な感じで言っていて、タクシーが5、6台は美術館前に常駐していますよ、と、親しみと誇らしい気持ちが混じった言い方で好感がもてました。


この運転手さんに館林のマスコットがたぬきなのは、


ここが分福茶釜の茂林寺のあるところだからだということも教えてもらいました。


いつか行きたい…たぶん、次の山口晃展が開催される時には遅くても(笑)。


展示室1は半円状で天井が高く、現代アートや彫刻群が映えそうな内装でした。

別館の「彫刻家のアトリエ」を先に見てきたのですが、

それが良かった気がします。

フランソワ・ポンポンの素材のちがう「シロクマ」についても、アトリエで予習したあとだと純粋に彫刻だけを見られるというか。


いま思い出したのは、山口晃さんが講演で、よく見て描けというけれど、見ながら描くと筆の勢いは殺がれる、対象物については形が頭にすっかり入っていて、描く時はなにも見ないで描いている、

と、竹内栖鳳の動物画についてだと思うけれどそんなお話をしていて、

あの画家のあの絵もあの絵も、そうだ、あのスピードの乗ったストロークは、いちいち見比べて筆を置いたりしていない、とガッテンしたものですが、

見る側にも同じことが言えるのではないか。


絵を見るのに理屈は要らない、まず感じろ、と言われても凡人はまず作品のタイトルをウロウロ探し、次に解説があれば解説を読み、

絵そのものを見ている時間よりじつは文字を読んで考えている時間が長かったりして。

だからむしろ、絵について先につめこめつめこめ。そして絵の前に出たらただ溺れろ。

予習ができなかったら絵のタイトルくらいは読んでもいいが、あとはただただ絵に耽溺して、帰ってから図録やネットや取ったメモから復習をガッツリする。それで消える感動やらろくなもんやないき。

というのが最近の自分のスタイルですが、


つめこめつめこめ。と言ってもそれほどのことを詰め込めるわけじゃない。


だけど、絵の前に立つ時間は絵そのものを見る時間と空間だと思うんだよねー。





ボテロの「馬」は脚が妙に長く、轡のある馬なんだけど、

ピラミッド型の体型で、顔は小顔で脚がぶっとく長い、しかも、蹄鉄のあたりにかけてさらにでっぷり感が出ているという、奇妙な生き物(笑)。

宮城県美術館のボテロ作品と見比べたくなったです。宮城県美術館には1/18~開催の「ミュシャ展」で行くつもりですが、
(森美術館でもありましたが、混み過ぎていて物足りない気がしたものだ)、アリスの庭も常設展もじっくり見たい。




フェルナン・レジェの「花々の中の鳥」、あ、キュビスムの人だ、

と親戚のおじさんか近所のひとに挨拶しておこうか、のような気持ち。

自分でも信じられないんだけど、記憶力が弱い私ですが、美術館でなんどかお目にかかった作家たちの名前が頭に入ってきたらしく、

最近、あ、このひと、前にもあったことがある、このひとはあのひとと友達だよね、と繋がりや美術史的な位置もパッと出てくるんです。

だから何か。

だからいちいちそんなところで引っかからず、作品だけを見つめられる時間が長くなってきたということ。


マックス・エルンストの「外壁のマスク」。

エルンストといえばシュールレアリスムの作家だけれど、彫刻はあまり見たことがなかったので、もうかったなあと。

ジム・ダインの「キング・パロット」

彩色されたブロンズの巨大なパーロット(インコ)が金色のやや不恰好なハートに止まっている。

配置もやはり彫刻同志の引力や軌道のようなものを考えているような感じで、

この最も高くボリュームのある「キング・パロット」は窓側奥に置かれていました。


イサム.ノグチの「リス」には、あ、横浜美術館にいっぱいいたね、と挨拶。でもここのリスはペタンコのブロンズ板のリスで、謎よりユーモアを感じました。

バーバラ・へップワースの「アポロン」。


1903年イギリス生まれの作家は、1932年
渡仏ブランクーシやアルプらと知り合い、20世紀後半のイギリス彫刻家としてムーアと並ぶほどの作家だそうです。

無知なので知らなかったのですが、ブランクーシやアルプは秋に横浜美術館へのボランティア研修で行った時のギャラリートークで知った作家で、

あー、つながった!と喜んだわたしです。

その画家や彫刻家自体ははじめて出会ったとしても、例えば、その画家が師事した画家を知っていたり、その逆もあったり、交友関係や姻戚関係でつながったり。

鶴岡正男の「ロレンスの顔」「男の顔」の展示に、

靉光と交友関係にあった、とありますと、

靉光も岩手県立美術館の館長講座を聴いてから知った画家なのですが、

そこを手掛かりにまた知っていく。

彫刻自体、1、2年前まで全然興味のないジャンルだったのですよ。

去年の春に「霧島アートの森」と「箱根彫刻の森美術館」に行ったこと、そしてそのどちらでも学芸員による解説を聴いたことが大きいと思われます。

何事にも良き先達はあらまほしきもの。

先人もそう言ってるじゃない(笑)。