遥かな町へ 谷口ジロー (小学館)
解説 夏目房之介
解説抜きの正味404Pの長編です。
現在48歳の主人公が気がついたら故郷ゆきの電車に乗っていて、
ふらっと女手一つで妹と自分を育て上げて息子の結婚に安心して22年前48歳で亡くなった母の墓参りにやってきていたのだが、
そのあと意識を失い気がついたら中学生、14歳の自分になっていて。
心は現在の大人のまま、体は若い日の自分に戻り青春をもう一度やり直す物語はいくつもあるけれど、
主人公のモノローグがしみじみいいんですよ。
中学生に戻った主人公はかつての中学時代より、
一皮剥けたよう。
不良たちの煙草を吸っているところを友人と目撃してしまい、逆に凄まれても、
俺も吸えば同罪だろ?とハイライトを気持ち良さそうに吸い、文字通り煙に巻いたり、
友達のうちではなぜかウィスキーの隠し場所を知っていてそこは体は中学生なのでつい酔っ払ってしまったり。
学校の勉強も体育も、48歳のおじさんにはすべてが懐かしく新鮮に感じられ、その気持ちのせいか、
いきなり成績急上昇。
体育では自分の体が跳び箱をかるがると越えることに、瑞々しく感動しています。
青春にあるものが感じることのできない青春のフレッシュさを全身で味わっている主人公の喜びが、
49歳の私にもダイレクトに伝わってくるかのよう。
このあたりの描写の繊細さが心地よいのです。
かつての中学時代には声もかけられなかった憧れの少女とも得意の英語を教えたり、
さらっと映画やそのあとの食事に誘ったり、
こうして海水浴にもきてしまいます。
ただ、屈託なく14歳をやり直しているかというとそうではなく、
物語の最初からじつはずっと彼を不安にさせていることがあり、
読んでいるこちらとしてはだんだんに運命の日が近づいていることに緊張を高めてしまいます。
やっぱり運命は変えられなかった。
主人公は父が失踪することを知っていて、お母さんのためになんとしても引き止めなければならなかった。
けれども同じ中年となった48歳の心はお父さんの気持ちがわかり、
電車を見送るしかなかった。
すべては夢だったのでしょうか。
主人公はもとの48歳にもどります。
ただ家族にやさしくなった。
そしてかつての親友だった少年からのこの謹呈が心憎い最後のコマなのでした。
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