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高校入試は発表の日のことをくっきりと憶えていて、受験のことは全然思い出せない。
短大の入試は県外だから、前日に受験する短大のある市の旅館に泊まることに。受験案内に旅館も指定されてあった気がする。
乗り物酔いがひどかったので、ひとりで鉄道に乗ってこんなに遠方までくるのもはじめてで(模試や公務員試験などで県南の実家から盛岡までは東北本線に乗っていた)、
しかも相部屋の相方が、お母さんべったり母娘…。いやー、なんかすごく居心地が悪くて持ってきた世界史のサブノートを眺めるのが精一杯で、もう落ちたなこれはとさえ思った。だって明らかにレベルがちがうんだもん。
頭のできも暮らしぶりもそのお母さんの上品で教育熱心なところも。
同じ短大の受験生なんだけど、女の子はほとんど口を利かずノートをみたり問題集のチェックをしていて、その上品なお母さんにどこから来たの、ひとりでしっかりしてるわ、とか言われた気が。
うちは貧乏なうえに母親が乗り物酔いが激しく、公務員試験の3次に着いていくというので一緒に盛岡にきたら、案の定気分が悪くなって、その介抱とか、面接では◯◯先生の支持者ですと言え、ばかばか、で喧嘩して散々だったので、ひとりでせいせいなのだった。しっかりしていると褒められたのに嬉しくなかった。
試験は世界史だけは出来たと思ったが、国語はなにしろ国文科なんで、どうせみんなできるのにきまっているし、英語はもちろん3割くらいしかわからない。
どわーっ、ここを落ちたら国家公務員しかないのかー(雑学と作文が得意なので合格していた)、働きたくないな、とあきらめモードでお昼休みには出遅れてパンもおにぎりも残っていない(小さな短大なので駅のキオスク規模の売店しかない)。
チョコレートを買って齧ってた。
その姿は他の受験生にかなり印象的だったらしく、みんな私のことだけはよく覚えていると入学後に言われたものだ(私はまわりを見ないことで有名なので、もちろん誰のことも覚えていない)。
そう、ラッキーにも7倍の倍率を突破して合格したんである。
相部屋だった女の子はいなかった。なにかほっとした。
それにしても受験生に相部屋(笑)。いまではもう、考えられないでしょうね。