「ちはやふる」十七巻 末次由紀
17巻は主人公3人のうちの棉谷新。
いやー、あれですね、
「ベルサイユのばら」の主人公と言ったらオスカルだと思っていたんですが、
当初は、オスカル、マリー・アントワネット、フェルゼンの3人が主人公だったらしい。
アンドレはなんじゃ、と思うが、ストーリー漫画によくあることで、作者に予定していなかった登場人物の人間的成長というやつだ。
読み手としては、作者でさえコントロールできない登場人物の変貌は楽しい。
ぜーんぶきっちり予定通りに進行させてます、というものもあるのかもしれないけど、
「あしたのジョー」も、まさか力石がジョーと戦うことになろうとは、という予想外があの伝説の減量シーンを生み出したわけで。
話がそれましたが、
「ちはやふる」の主人公は新、千早、太一の3人だと思う。
今回のカヴァーからして新で、いつのまにそこまで、というほどカルタもその余裕っぷりも小憎らしいほどですが、
ここにきてずっとB級にとどまってきた太一がB級優勝を決めて、A級に。
太一は子供の頃、実力で勝てない新に負けたくなくて、
新のメガネを隠すという陰湿なやり方をしたこともありますが、
そういう自分の卑怯で弱いところとずっと戦ってきた少年です。
末次先生、もう太一を許してやって、と思うほど、
子ども時代に新に意地悪をした呪いなのか(その後仲間になる)、学年トップの学力を維持しつつ、努力を重ねても重ねても、
ずっB級で。
逆に作者の末次先生がいちばん心を吹き込んでいるのは太一なんじゃないかという気がするくらいでした。
桜沢先生の、
「才能と戦う覚悟がある」
という太一への評価は、
「クイーンになったことはないけど、準クイーンに5回もなっている。
最強の挑戦者と言われている」
という周りからの評価と対になっていますね。
…周りがそう言っても、本人的にはどうなのか。私ならいやだなあ。それって、クイーンに5回も負けた人ってことでしょう?
最強の挑戦者と言われるより、
最強のクイーンになりたいじゃないですか誰でも。
そして、
現クイーンの詩暢ちゃん、今回は新に2枚差で敗れます。
ストーリーとは関係のない私の気持ちとしては、
女流なんとかは要らない。
クイーンがキング(名人)を破る展開を見せろやあ、とか思う。
肉体的にかないっこない競技ならわかるけど、
なんで将棋とか囲碁とかで女性がトップにならんのか。全然ルールもなにもわかっていませんが、
クイーンって、なにか、悔しい称号じゃないですか。私は頭が悪くてルールもきちんと覚えていないんですが、
そんな私でも女性が王位、名人の座についたら快哉をあげちゃうな。
じつは、新と詩暢ちゃんの一戦は雑誌でも読んでいたのですが、
あれっ?
セリフがちがう、と思って確認したら、やっぱりコミックスでは変えてありました。
新にはA級の決勝相手の詩暢が前日のずぶぬれで熱をおしての勝負だったことがわかっていたんですね。
ここに、新と詩暢の幼い頃からいつも試合であってきた同志のつながりが垣間見られます。
雑誌では、
「なんでなんや 無理することなかったのに」
(ってよく考えたら棄権したら?ってことですか?)
という詩暢を気遣ってとはいえ、すこし冷たいセリフが、
「すごいな よくやり切ったな」
というセリフに変わっています。
「無理することなかったのに」では、この大会そのものを軽んじているように響きますからね。
雑誌掲載時とセリフや絵が手直しされているのを発見するのは、マンガ好きにとってうれしいことなんでした。
「ちはやふる」の太一は、作者の内面の葛藤を引き受けているのかなと思うこともあります。
作者は2度、新に「卑怯なやつ」と言わせていますが、
その卑怯な太一を、きっといまでは読者が応援している気がします。
卑怯の汚名を灌いで、
太一は才能に負けない覚悟で立っている。
今まで華やかな才能をもつ千早や新やクイーンや名人の影に隠れるどころか、
努力してもしてもB級から上がれなくて、もがいてきた太一がA級に。
作者である末次由紀が自身を許し、次の階段を上ろうとしているようにも読めるのでした。
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