魔女菅原と私 第18回 2008年春の女王戦 成田山詣り | 菅原初代オフィシャルブログ「魔女菅原のブログ」

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三日月の朝が来た。



とりあえず、息子には朝ごはんを食べさせなきゃ。


パタパタと荷造りをして、一階におりていく。

大食いツアー中は、毎日が荷造り・また荷造りの連続である。


スーツケースの荷物を再点検して、つねに持って歩くバッグには、

気候の変化に対応できるような羽織ものを入れる。


スーツケースはロケバスの床下収納庫(?)に預けることになるから、

そのあたりは考えてパッキングしないと…。


息子のリュックには、ボロボロの雑誌と小さなぬいぐるみ、

お菓子がいくつか、ペットボトルの飲み物、着替え、

アトピー用の塗り薬、などが入っている。


では、


魔女菅原のおでまし!



菅原は試合前4時間からは固形のものは摂らないし、
2時間前になったら、水分も摂らないので、ほんとうなら
ホールにいく必要はないのだ。


でも、小さい子(当時年中さん)を連れていると、最低限、
のみくいには心を砕かなければならないんですね。


バイキング会場にいくと、佐藤さんと宮西さんがこっちですよう、
と陽気に合図を送ってくれ(この二人はほんとうに名コンビだった)、



すこし離れた席にはひっそりと正司さんが座っていたりする。


佐藤さんと宮西さんは果物とヨーグルトを圧倒的な勢いでたべていた。

たしかにヘルシーなんだが、


なんか、試合に来ているというより、

たべるのがすきなだけでツアーに参加しているというノリのような気がするぞ。


そのあっけらかんとした二人組が、次第に勢いを増していくことになるのだ…。


あ、宮西さんがヤクルトをやたら飲んでいたのを思い出した。乳酸菌が
すきな人が多いですねー、大食いさんには。


正司さんはふつーの朝ごはん一人前をトレイに載せていて、

「慶くーん、こっち来ない?」と誘ってくれた。




息子は好物のウィンナーを小山ほど積み上げ、
しかもけっこうな勢いでたべていくのだった。



あとは、オレンジジュースと牛乳と、ヨーグルト。


菅原はコーヒーだけ載せたトレイを置いて、
正司さんとぼそぼそと話をした。




間もなく、ベビーシッターさんが
息子を迎えに来てくれる予定だった。






国内戦最後の試合が、あと数時間後に始まる。





その結果次第で、成田空港まで息子を連れてきてもらうか、それとも、
敗れた会場まで来てもらうかが決まるのだ。



国内戦2日間のベビーシッター代は、

やってもらっていることを考えたら、むしろ、良心的な代金だったが、


ふだんの自分の経済水準からしたら、ちょっとどうなの、というくらい。


ベビーシッター代プラス仕事を休んでいる間の日当分くらいは稼がなければ…。


というのは、建前だ。



菅原は賞金のないチャレンジはめったにしないし、テレビのロケでもなければ、
そもそも、チャレンジだってやらない人間なのだ。




賞金やギャランティにこだわるのは、自分の胃袋の価値を貶められたくないからだ。



ほんとうは、それほどお金にこだわってなんかいない。


息子をベビーシッターに預けてまで得たいものは、お金ではないのだった。


それがなんであるかを言葉にしたら、その瞬間、菅原は真っ赤な恥に包まれて
炎上してしまうだろう。


だから。


優勝賞金以外は、クズ同然、と言い放って憎まれている方がいい。


…健康診断の日を入れると、今日で3日目。3日間付き合ってきた選手たちのだれかが、
今日ひとり落ちる。その落ちる選手はもしかしたら、自分かもしれない。




優勝を目指しているのも自分なら、きょう敗退して「ザ・ご帰宅」になってしまうかも、
と、その光景をぼんやり思い浮かべているのも自分なのだった。


三回戦の会場は、成田市。


食材がなんであるかを知る前に、必勝祈願ということで、
成田山に参詣することになった。


ご多難なのは正司さんだったが、
長い長い階段は、おしゃれな靴をはいてきている選手にも大変だったようだ。


放映はされなかったが、選手ひとりひとりが真剣な面持ちで手を合わせる
場面や、池の置物など、おもしろいものがいろいろあった気がする。



菅原は手を合わせながら、


(私は岩手県からきた菅原初代というものです。


これから大食いの戦いがあるのです。


私は自分にできることは、すべてやりつくしました。
どうか、私を勝利にお導きくださいませ。


優勝できたら、必ずお礼参りにきます。)


と、けっこう丁寧にお祈りをしていたんだが、そんでもって顔をあげたら、

他の選手はすでに顔をあげていて、なんか、自分が欲深い気がして

かるく赤面した。



…いまだにお礼参りは果たせていない。


あの坂に軒を連ねた商店がいずれも興味深く、

いつかまた、と思いながら、今に至っている…。




さて、参道を降りて、またうなぎの町を引き返す。



うなぎと思わせて、カツ丼だったりして…


などと思っていたが、やっぱり撮影隊は

うなぎ屋の前で止まった。






串打ちされて、香ばしく焼き上げられるうなぎを見たとき、菅原は、

(うな丼だったらいいな)と思った。


ごはんだったら、相当行けるという自信があったのだ。


去年の夏、男女混合戦の3回戦も容量勝負のごはんものだったが、
ギャル曽根を最初に下したのは、案外納豆ご飯だったことを、
ひとは案外注目していないと思う。


菅原はいちおう、謙虚を装って、あれは豚バラ串が顎力勝負になっていたから
勝てたんです、と言っていたが、内心、


でもべつに、その前の納豆ごはんですでに曽根さんに余裕で勝ってましたけどねー

と思っていた


菅原はごはん勝負だったら、勝てるという自信があった。


ごはんなら。


ごはんならね。




しかし…。


「三回戦は、うなぎ茶漬け勝負だぁーーーー!」


えーーーー。うな丼じゃなくて、茶漬け?

だめだぁーーー。  (つづく)