日本テレビからの電話のあと、おっちょこちょいの菅原は
さっそくメールでこの朗報を伝えた。
誰あろう、正司さんである。
正司さんは、どうせ「ソーニャ・トーマス」なんて聞いたことも
ないだろうな、と分かっていたが、それでもこの感激を!
と、よく考えると独りよがりのメールを送った菅原であった。
世界一の女と戦うんだよー。もちろん、光栄だけど、勝てなかったら
どうしよう。他にも大食いの人たちが出ていて、日米対決なんだと。
まだ詳しい話は決まっていないけど…
てなメールだったように思う。
さて、正司さんだけではなく、このブログをお読みの方でも、
「ソーニャ・トーマス」って、誰よ?とお悩みの方も
いらっしゃるでしょう。
説明しよう!
ソーニャ・トーマスとは、「ブラック・ウィドウ(黒後家蜘蛛)」の
異称で知られる、アメリカきっての大食い女性なんである。
アメリカ独立記念日に開催される、かのホットドッグ大会では、
男性に交じって、上位5以内に入り、赤阪尊子さんの記録を塗り替え、
自らたてた女性の最高記録を更新し続けているのである。
1967年7月26日生まれ。韓国に生まれたが、1997年、アメリカに移住する。
バーガーキング勤務。
彼女の打ち立てた記録の数々。
チーズケーキ11ポンド(4.98kg)を9分で。
チキンナゲット80個5分。
65個の固茹で卵6分40秒。
フルーツケーキ2.21㎏10分。
ミートボール4.62kg12分。
これはもちろん、彼女の輝かしい記録の一部にすぎない。
菅原は、『大食いたちの宴』ライアン・ネルツ著 清宮真理訳(バジリコ)
によって、彼女の公認記録を知り、世の中にはすんごい人が
いるもんだと思っていた。
そのソーニャと戦うなんて!
無理、負けるに決まってる。
でも面白そうじゃない、やれるところまでやってみたい。
二つの相反する気持ちで、浮かれる菅原であった。
が、その妄想にピリオドを打つ日がやってきたんである。
数日後、また日本テレビの担当者から、番組の内容と
収録日などについて説明の電話があった。
そして、菅原が対戦相手について問うと、
「エリザベスという女性で…」
誰だそれ。って、どっかで聞いたことがあるような…?
「他の局の番組ですが、白田さんと三宅さんのチームと対戦したこともある女性で、
今回はフライドポテトで対決していただきたいと思っています」
あー!やっぱり。菅原は三宅さんから、この夏に行われた
巨大カボチャ料理での対決について、顛末を聞いていた。
三宅さんが最近スルメを齧って、顎を鍛えていたのも、この時の
やたら固いハンバーグがきっかけなのだった。
けっこう歳のいったエリザベスの野獣のような食べっぷりは、
菅原もよく憶えていた。でもあの人がなぜに世界一なのか。
白田さんを破ったチームだからか。でも、あの戦いはなあ…。
いろいろ思うところのある菅原だったが、まあ、ソーニャに敵うはずは
ないし、エリザベスで手を打つか、という気持ち。
というのは、嘘で、菅原はいまだ油ものに対する苦手意識を
解消できずにいた。
「菅原さん、フライドポテトどのくらい行けますか?
一時間あったら、5kgくらい行けますか?」
無理だろ、5kgは。さすがの菅原も、そりゃ無理だと思った。
テレビ番組を作る方は、大食い選手に対する幻想というか、
勝手な期待をしがちである。いくらでも、なんでも、たちどころに、
その腹の中に収める超人、と思っているのである。
物理的に、この時間では無理だろ、とか、
自分の容量的に無理だ、とか、
そういう説明をすると、納得してくれる人も多いが、
一部、えー、大食いなんでしょう、なんでも食べるんでしょう、
みたいながっかり感をあからさまに見せてくれる方もおいでだ。
菅原は、自分は油ものに弱いことを率直に話し、
4kgくらいだと思いますよ、と、伝えたのだった。
電話の相手は、ややがっかりしたように思えた。
日米対決は、12月半ばに東京で収録するとして、その前に、
家で対戦に備えて、トレーニングしているところを撮影したい、
という話になった。
ここから先は、日本テレビではなく、制作会社のディレクターとの
話であった。
初めは、マクドナルドやケンタッキーみたいなところで、
フライドポテトを大食いするという話だったのだが、
おそらく、店でそういうことをするにはいろいろ面倒な
手続きがいるから、てっとり早く菅原の自宅でポテトを
揚げているところから撮影することになった。
また。
この年の、盛岡で例年行われている、全日本わんこそば選手権は
12月に開催され、菅原はすでに出場が決まっていたのだが、
その様子も撮影したい、という盛沢山なロケになったんである。
わんこそば大会の翌日にポテトフライかあ。
もし撮影に来てもらって、そのわんこそば大会で負けたら、
どーするよ。
負けても、しかし、撮影隊には痛くも痒くもないんであった。
なぜなら、あの泉拓人さんも日米対決に出演が決まっていたからだった。
泉さんは全日本わんこそば選手権で、大会2連覇を成し遂げ、
次も勝つつもりでいるようだった。
「負けませんよー」と、冗談っぽく言っていた泉さん。
こっちだって、負けたくはない。大食いではまだ、泉さんに勝てないが、
今度の大会は、泉さん10分対菅原15分である。
去年の大会当時より、菅原は我ながら力をつけたと思っていた。
とはいえ、負ける可能性もまだまだ高い。
撮影隊は、優勝した方のロケに切り替えればいいのであって、
そう思えば、心の負担も減る菅原であった。
誰が出演することになっているのか、教えてもらったのは、
たぶん、12月になってからだったと思う。
白田さん、曽根さん、山本さん、三宅さん、泉さん、仲山さん、菅原という、
大食い王出場メンバープラス、大食いでグラビアアイドルの蟹沢さんだった。
この八人がそれぞれ、米国代表の大食いと対決するんである。
三宅さんは、カレーライスでの対決だとメールを寄こした。
山本さんはホットドッグでの対決だと制作スタッフから聞いた菅原は、
もしや、あの、ジョーイ・チェスナットか?と色めき立ったが、
やはり、あまり知らない選手だった。
結局、誰が何を食べて、どんな選手とやることになるのか、
はっきり分かったのは、撮影前日くらいである。
ま、それはまだ先の話である。
菅原は、バリから帰ってきたとき、12月のわんこそば選手権までまだ
だいぶ時間があるなあ、と思っていたんであるが、電話が来て以来、
にわかに焦る気持ちになった。
ソーニャではないとしても、相手のエリザベスは年齢のわりに、
脂っこいものも平気で食べそうなやつである。勝てるだろうか。
でも、日米対決で、自分だけが負けたら申し訳ないしなあ。
頑張らなきゃ。
でも、なにをどう頑張れば、脂っこいものが食べられるように
なるんだろう…
その時、菅原の脳裏にあの言葉が蘇った。
「容量を増やすことで…」
白田さんの言葉である。
容量を上げれば、苦手な油ものでも負けない自信がつくのか。
やってみよう。
やって、自分に自信をつけさせたい。
菅原は自分自身にある数字を課した。
その数字は、女性選手としては、不可能に思えるものだった。
まして、この時点での菅原の能力からしたら、凡そ、無理にも
思えるものだった。
だが、菅原は不可能に挑むつもりだった。
敵はエリザベスではなかった。
エリザベスの向こうに、もう一人、そしてさらにその奥にもう一人。
菅原は果てしない戦いの日々に、身を投じた…(つづく)。
というわけで第2回ですわ。
続きはまた明日、ということで、よろしくねー。