三宅智子さんと私 第37回 | 菅原初代オフィシャルブログ「魔女菅原のブログ」

菅原初代オフィシャルブログ「魔女菅原のブログ」

菅原初代オフィシャルブログ「魔女菅原のブログ」

eeeeee

戦いが始まった。
男たちはみんな、初めて牙を剥いた、という感じだった。


さっきの豚バラ串のことは、お遊びだったと言わんばかりの
気迫を感じた。それが証拠に、

一皿目のおかわりに、菅原は出遅れた。


別にちんたら食べていたわけではない。
それなのに、一皿目からもう追いつけない。

これが、あいつらの実力なんだ。


足元の波が引いていく、心細い気持ちを振り払うように、
ペースを上げ始めた。無理だと分かってはいた。
だが、はじめからあきらめるより、行ける所までは全力で行きたい。

やっと、泉さんを抜く。


次に山本さんをわずかに抜く。

すぐに抜き返される。


山本さんの隣の白田さんは、ずっと口を動かし続けている。
これまでの、余裕のある笑顔は消えていた。
誰もが思っていたのだろう。

これが緒戦だと。


男たち3人にとって、決勝進出がすべてだったのだ。
あるいは、決勝前のこの勝負が明日の戦いを占う、そういった
意味合いがあったのだ…。


試合開始直後は、カメラも、赤阪さんと中村有志さんのコンビも、
菅原を中心にやっていた気がする。
女が準決勝までやってきたからだ。
ギャル曽根でもないし、新人戦優勝の新星でもない、
春には二回戦で敗退した選手が、ここまで這いあがってきたからだ。


しかも相手は、強豪ぞろいだ。

誰も、まさか菅原が勝ち進むとは思っていなかっただろう。
菅原もそこまでの望みはなかった。


だが、あまりにも菅原のペースダウンは早かった。
たしか、試合開始後15分ほどで菅原は、先頭争いから離脱した。
王者白田と元・キング山本に、泉さんは喰らいついて離れなかった。

皿数が引き離されても、心では負けていない。
それは菅原にはよく分かった。

菅原はすでに心折れていた。


(だめだ…)。


豚バラの脂と、海老メンチカツの油。
油地獄に菅原の胃袋はとうに音をあげていた。
水ばかり、がぶがぶ飲んで、肝心のメンチカツは進まない。


それでも、一口齧り、二口齧りして、少しずつ前進しようとは
思っていたのだった。だが、その前進は、狂気のように咀嚼する
男たちに比べたら、休んでいるようにしか見えない。
というより、菅原は自分が怠けているとさえ感じた。


これ以上は無理、というわけではないことは自分がよく知っていた。

あと、ほんの少しなら無理をすることはできると、計算することくらいは
できたのだ。だが、その無理をしたところで、この3人の誰に勝てるというのか。


もう、無理はしないでおこう。

菅原は、油のような汗にまみれながら、隣の山本さんの顔が
蚊に食われてぼこぼこに腫れあがっていくさまを、見た。

山本さんの目の色が変っていた。


白田さんは同じ姿勢で、ものすごいスピードで食べ続けていた。

食べ続けるだけではない。

二人はペットボトルの水を競うように、飲み続けていた。

(いったい、これは何の争いなんだろう)

菅原はこの時、二人が水を異様に飲んでいたことを、ずっと忘れなかった。
そのことを次に思い出したのは、半年後だった…


日がすっかり落ちた。

勝負は決した。

一位山本さん、二位白田さん、三位泉さん。


菅原はここで脱落した。

息子がそばに寄ってきた。
お母さんになにか言ってあげて、と、誰かの声がする。

「お母さん負けちゃった」
と、菅原が言うと、息子はのどかな口調で、
「いいんだよー、負けても勝っても、いいんだよ」
と言った。


いいんだよー、かあ。


菅原が息子に引っ張られて、会場のすぐ下にある公園に行くと、

バリ在住の日本人グループの女性から声がかかった。

「凄いですねー」

「残念でしたね。でもすごくたくさん食べましたね」

「ギャル曽根に勝ったんでしょう?」

みんな牧歌的な視点で、大食いを楽しく観戦してくれていたようだった。


(いいんだよね、これで。無理してたら、この人たちをがっかりさせて

いたかもしれないし。うん、これでよかったんだよね)


ところが、いいんだよー、とは思っていない人もいたわけで。

選手たちが控え室(さっきのスイートルームです)に落ち着くと、
泉さんが、唐突に、

「菅原さん、手抜いた?」
と大きな声ではないが、鋭く、放った。

「いやあ…」

手を抜いた、と言われるほど、私には実力はないですよ、と言うのは
簡単だった。だが。


だが、一回戦のバナナから4回戦の豚バラ串まで、山本さんに
言わせれば「玉砕覚悟」で向かっていた菅原と、海老メンチカツの
菅原は確かに違っていた。玉砕どころか、腹9分目くらいの余裕が
残っていたことを、たぶん、みな気づいてはいたのだろう。


白田さんが、とりなすように、

「苦手意識がブレーキをかけるんですよね」
と言ってくれた。

男性3人は、ホテルを変わるらしく、一足先に移動となるようだった。


「あのう、濃い味のものって、どうしたら食べられるようになるんですか?」
菅原は、ここで聞いておこうと思ったのだ。白田さんなら、たぶん、いま一番
知りたいその答えを知っているはずだった。


「味の好みは変えられない。でも、容量を増やすことで、濃い味付けのものも
食べられるようになる」
「容量を」

菅原が白田さんに聞いたのはそれだけだった。
それだけのシンプルな答えに、大仰に聞こえるかもしれないが、
無限の可能性が秘められていた。


容量…。


リクエストした5リットル入りのミネラルウォーターが詰まった
段ボール箱を肩に乗せて、白田さんは悠々と廊下を歩いていった。


その晩の夕食は、男性3人は来なかった。部屋で過ごしたいと、
3人が共に願い出たのだという。

この日の夕食会は、中庭にテーブルを出した、オーダーバイキング方式の
レストランで行われたのだと思う。


菅原の子ども、慶は、この頃4歳で非常に活発な時期だった。
少しも席に落ち着いていない息子を追いかけて、ほとんど食事は食べていなかった
ように思う。ダブル油で胃袋がずっと淀んでいる感じである。

爽やかな風が通る中で、この日の夕食会は和やかに終わった。


だが。

菅原はその晩、部屋に着くなり、壁に枕を投げつけていた。

獰猛な唸り声が、喉からあふれてとまらなかった。

「畜生!」「畜生、畜生、畜生!!」


慶がぽかんと、ツインベッドの上に座って母親の荒々しい姿を眺めていた。

「慶のこと?」

「違うよ。お母さんのことだよ。お母さんが畜生なんだよ」

それから、菅原はベッドに突っ伏した。


(あたしは本気になれなかった…負けるのが分かっていたから。
負けるために戦う気にはなれなかった。

どうして勝とうと思わなかったかって…?

油ものだったからだ。
東京予選のアジフライ、餃子。
自分が油ものが苦手だということを、思い知らされて、
すっかり臆病になっていたのだ。


悔しいのは、負けたことじゃない。

全力をつくすことさえできなかった、自分の弱い心が厭なんだ。


バスタブに湯を張って、恒例の洗濯をやりながら、ついでに
風呂を浴びる。息子はさっきのことはなかったことにしてくれるのか、
黙って風呂に入った。髪の毛を洗う。髪をドライヤーで乾かす。


黙々として、日常のことをやる以外に、傷ついた心を修復する方法は
ないのだった。自己嫌悪の毒が、もっとも性質が悪いのだ。


自分を嫌いになるのは、いやだな。

自分を、好きになりたい。

菅原は、さっき、枕を投げつけた壁を見ながら、ぼんやりとそんな
ことを思っていた…。(つづく)




短かいですが、今日はこれで。

感想などありましたら、励みになりますのでよろしくお願いします。