ふと、スケージュール帳の前の月を順に逆上ってみたら、こんなことがメモされ ていた。 『今日あなたが無駄に過ごした一日は、昨日死んだ人がどうしても生きたかった 一日である』 無駄にしたくない。 意味のある一日にしたい。 当然のように一日を迎えるのでなく、希望と自由を与えられた無限に可能性のあ る一日として、私らしく有意義なものにしていきたい。 一日を積み重ねて、ある部分的な時分を作る。それが時間軸にそって、人生とい う全体をつくる。 もともとは大なる人生は、一日、一時間、いや、一瞬の連続にある。 束の間に過ぎていく時間をつかまえるように、自身の身を働かせなくては空白の ままに過ぎ去ってしまう。 人生は短い。 なぜなら、それは有限の時間であり、私たちがそれを過ごす時には短さを感じさ せない時間の性質がある。 直線的に流れる時間。恣意性が全くない時間。 この価値は、日常の時間感覚を離れなければ分からないだろう。 いや、十分にその感覚が経験された後に、ようやく時間のない世界を考える余裕 が生まれ、改めて時間のある世界、つまり生の世界に対して意識が向けられるの かもしれない。