いろいろなことがあった今年の夏。悪性がつづくので自然もお怒りでございます
そしてこういうのも多くなっている現実でございます。政治家はたんなる政治屋だった、ということでおわこん確定な今日この頃。「政治不信ではなく政治家不信」だったのだがこうしたいかさま言葉は「子供の貧困」とかも同様。もっとも名前を変えての新装開店、とかも言葉の「黒魔術」。この不信の構図が戦後のそれである、ということであればその構図について、誰もが「予想し始めている」であろうこと。もっとも今世紀よりまえはまだまともにやっていたところもあっただろうからその分析も必要だろう。明らかな売国始まりは「あった」わけだから。それは今世紀初頭にはここ日本でも(一部では大いに)話題だった。調べれば分かること。誰でもに見える形で、売国政治屋が話題で一般市井にまでそれがおり始めているのが昨今であればこれは第2波である。
みせかけの保守は、そういう演出、というのはもう見慣れたものにもなりました。こおろぎなんとかとかはじめ、今も別のでやっている演出だが、、演出がへたくそなのは、、あほなのだろうか?「観客を」なめているのか? 一部観客を「さくら」としてやとってちょうちん持ちさせているようだが。いろんな「演出」が今後も起きることだろう。
おたくのみんなの聖地で、実にふとどきものでございます、が、こんな展開はわかっていたことだろう
こんなのもありますね、そういうこと 「知ってた」と誰も考えるだろう件



