水と夏3 | セカンドリンゴハウス

セカンドリンゴハウス

日々の事つらつら。

「ご縁と思って、大事に飼わせて頂きます」
金魚の世話をするなら、グッピーの世話も同じだと私はグッピーを貰うことにした。そして、翌日に50匹ものグッピーがやってくることになった。美しい魚の群れを見て結菜は興奮した。そして「金ちゃん」がこれで寂しくないと喜んだ。水槽を2つ買ってキッチンの出窓部分に設置した。
会社でその話をしたら、別の従業員が「金魚が一匹だと可哀そうだから」と言って金魚を5匹プレゼントしてくれた。金魚屋があるというのは私は知らなかったが、この界隈で不定期に金魚を売ってまわっている年配の男性がいるらしく、その人から買ったのだと言った。
金魚屋から買った金魚は祭の金魚と違って初めから元気が良かったが、五匹のうち体が小さい金魚は急激な環境の変化に耐えられずにしばらくして死んでしまった。しかし三匹は元気に泳ぎ、「金ちゃん」との距離も次第に縮まった。
浩輔は砂利や水草を買ってきては金魚と結菜を喜ばせた。砂利や水草の掃除が大変だから色々増やさないでという私の懇願は浩輔の耳に届いていないようだった。4匹になった金魚はどんどん大きくなった。結菜によれば、「金ちゃん」の他、三匹の金魚には「りゅうちゃん」「はさちゃん」「金2ちゃん」という名前がついているが、私には、大きくなった和金のどちらが「金ちゃん」でどちらが「金2ちゃん」なのか全く分からないでいる。
浩輔は一度も水替えをしたことがないが、餌やりだけは日課にしていて、金魚の様子を眺めたりしている。水替えの後には、「綺麗になったねえ」と水槽の前に立ってしばらく魚を見つめていることもある。
私も、金魚が餌を欲しがる様子は面白くもあり、子供の形で生まれたグッピーが育っていく様は可愛いと思う。
しかし、金魚の方では私を恐ろしく思っているかもしれない。水替えでいきなり体をすくわれたり、水槽のすぐ近くで鯵やサバを平然と調理したりする。
気持ちよく過ごしていた水を急に入れ替えたり、魚の仲間を切り刻む、おまけに餌をくれない恐ろしい人間が私、毎日餌をくれて見守ってくれる優しい人間が浩輔。そんな風に映っているとしたら、損な役回りである。
「すごい食欲だねえ」
浩輔は、毎日繰り返される光景を初めて見るような顔で眺めている。浩輔がなかなか水槽の前をどかないので「遅刻するよ」と私は浩輔をキッチンから追い出した。水槽の水が揺れている。私が水槽を覗き込むと、ちょうど私の顔の辺りに水槽から緑の光が差し込んでくる。
「金ちゃん」と仲間達は相談したかのように水槽の隅に身を寄せ合って静かになった。

金魚たちのヒソヒソ話が声が聞こえてくる。

『エサをくれる優しい方の人間は行ってしまったよ。そこに残ったのは、時々我々の仲間を切り刻み味噌と一緒に叩いたりする怖い人間だけ。この前なんかサンマ君の頭を切り落として骨まで油で揚げてたよ。怖いね、怖いね。あっ、顔がゆらゆらする緑色になってるよ。やっぱり怖いね。ほら金2ちゃん、動いちゃだめ。その人はエサをくれない方の人間だからね』

私はエサを数粒とって水槽に入れた。「エサだよ~」と甘い声をかけてみる。金魚は一応エサを食べた。
金魚に媚びる自分が可笑しかった。だが、金魚はまだ心を開いていないような気がする。
『この人、エサくれる時もあるんだ』
『違うよ罠だよ、気をつけて』
対人関係も、対魚関係もなかなか難しいものだと思う。5日前、かなり激しい目まいに襲われてから私はすっかり気が弱くなっているようであった。