作業員達は、建築現場作業での夜間が続いていた。そのため、工場に残っているのは新米の若い作業員門田だけである。門田は、ベテランの作業員達が現場から持ち帰った道具や部品の後片付けをしていた。
今朝、私が出勤した時にも工場には門田だけがいて、門田は作業台を磨いていた。私が挨拶をすると門田は頭を下げて返事をした。聞こえないくらい小さい声だった。午前中には門田が一人だったが、私が昼食休憩を終え会社に戻ると夜勤あけの矢尾が出勤していた。
銅を加工する作業は矢尾にしかできない。矢尾がいなければ完成しない製品、いわば八尾待ちの受注品が溜まっているのだった。
矢尾が出勤した後、他にも夜勤明けの若手作業員が数名出勤してきた。忙しいこともあるが、休みを削っても給料が欲しいというのが彼らの本音だと聞いたことが有る。会社側も若手に育って貰いたいと考えているため、会社と作業員の思惑は一致している。
「あっついねえ。今日は暑い!」
銀行振り込み等の外仕事を済ませた優子がビニール袋をぶら下げて戻ってきた。
「暑いねえ。あんまり暑いからアイス買ってきたよ。三時になったらみんなに配ってあげてくれます?」
優子は2種類のアイスを買ってきていた。優子の自腹による差し入れだった。そう言うことが時々ある。寒くても暑くても優子はあまり我慢をしない。優子の財布の紐はかなり緩く、寒ければ暖かい物を、暑ければ冷たい物を買ってくる。そして、そんな時はいつもみんなの分まで買ってくるところが優子らしい。自分で持っていくと恩着せがましいだろうからと優子が気にしたので、私がアイスを持って工場に行くことになった。
「優子さんからの差し入れですよ~」
私は散らかった台に隙間をつくってアイスのトレイを置いた。矢尾は作業の手を止めこちらに歩いてきた。この前矢尾と会った日には、矢尾は話しかけてはいけない雰囲気を漂わせていたが、すぐに反応を見せたところをみると、普段通りの矢尾に戻っているようである。
矢尾は先に飲み物のカップを探した。簡易な飲み物カップが数個並んでいて、どれも同じ形が同じなのである。ただ、使い捨てカップを差し込むカップホルダーには作業員の名前シールが貼られているため、それぞれが自分のカップを探して飲み物を飲むことになる。優子の配慮で、コーヒーの人、お茶の人とカップの中にはそれぞれの好みに合った飲み物が注がれている。矢尾のカップはちょうど私の目の前で、私を避けるように遠回りして近づいてきた矢尾からは一番探しにくい場所にあった。
「矢尾さん、お茶どうぞ」
大げさに両手でカップを差し出しすと矢尾がしぶしぶカップを受け取った。
「触んなよ」
矢尾は歯を見せた。
「触りますよ、もちろん。それに、矢尾さんがどっちのアイスを選ぶか見てからじゃないと事務所に戻らないですよ、私」
久しぶりに見た矢尾の歯はやっぱりとても白かった。
「ええっと。矢尾さんはフルーツ系を選んだ…と」
矢尾がフルーツのアイスを手にしたのを見届けて、私はまわれ右をした。アイスの袋を乱暴に開ける音が聞こえる。仕事のやり直しくらい矢尾は何度も経験していて、いつまでもくよくよする筈はないのに、私は矢尾に元気が戻っていることを確かめたかったのだった。
ふと、矢尾帳に書き足す言葉を思いつき、私はほくそ笑んだ。
今朝、私が出勤した時にも工場には門田だけがいて、門田は作業台を磨いていた。私が挨拶をすると門田は頭を下げて返事をした。聞こえないくらい小さい声だった。午前中には門田が一人だったが、私が昼食休憩を終え会社に戻ると夜勤あけの矢尾が出勤していた。
銅を加工する作業は矢尾にしかできない。矢尾がいなければ完成しない製品、いわば八尾待ちの受注品が溜まっているのだった。
矢尾が出勤した後、他にも夜勤明けの若手作業員が数名出勤してきた。忙しいこともあるが、休みを削っても給料が欲しいというのが彼らの本音だと聞いたことが有る。会社側も若手に育って貰いたいと考えているため、会社と作業員の思惑は一致している。
「あっついねえ。今日は暑い!」
銀行振り込み等の外仕事を済ませた優子がビニール袋をぶら下げて戻ってきた。
「暑いねえ。あんまり暑いからアイス買ってきたよ。三時になったらみんなに配ってあげてくれます?」
優子は2種類のアイスを買ってきていた。優子の自腹による差し入れだった。そう言うことが時々ある。寒くても暑くても優子はあまり我慢をしない。優子の財布の紐はかなり緩く、寒ければ暖かい物を、暑ければ冷たい物を買ってくる。そして、そんな時はいつもみんなの分まで買ってくるところが優子らしい。自分で持っていくと恩着せがましいだろうからと優子が気にしたので、私がアイスを持って工場に行くことになった。
「優子さんからの差し入れですよ~」
私は散らかった台に隙間をつくってアイスのトレイを置いた。矢尾は作業の手を止めこちらに歩いてきた。この前矢尾と会った日には、矢尾は話しかけてはいけない雰囲気を漂わせていたが、すぐに反応を見せたところをみると、普段通りの矢尾に戻っているようである。
矢尾は先に飲み物のカップを探した。簡易な飲み物カップが数個並んでいて、どれも同じ形が同じなのである。ただ、使い捨てカップを差し込むカップホルダーには作業員の名前シールが貼られているため、それぞれが自分のカップを探して飲み物を飲むことになる。優子の配慮で、コーヒーの人、お茶の人とカップの中にはそれぞれの好みに合った飲み物が注がれている。矢尾のカップはちょうど私の目の前で、私を避けるように遠回りして近づいてきた矢尾からは一番探しにくい場所にあった。
「矢尾さん、お茶どうぞ」
大げさに両手でカップを差し出しすと矢尾がしぶしぶカップを受け取った。
「触んなよ」
矢尾は歯を見せた。
「触りますよ、もちろん。それに、矢尾さんがどっちのアイスを選ぶか見てからじゃないと事務所に戻らないですよ、私」
久しぶりに見た矢尾の歯はやっぱりとても白かった。
「ええっと。矢尾さんはフルーツ系を選んだ…と」
矢尾がフルーツのアイスを手にしたのを見届けて、私はまわれ右をした。アイスの袋を乱暴に開ける音が聞こえる。仕事のやり直しくらい矢尾は何度も経験していて、いつまでもくよくよする筈はないのに、私は矢尾に元気が戻っていることを確かめたかったのだった。
ふと、矢尾帳に書き足す言葉を思いつき、私はほくそ笑んだ。
矢尾は、アイスクリーム最中よりフルーツたっぷりアイスバーが好きである。