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こんにちは。


今日は朝から暑かった(-_-;)


家の中で、空気の入れ替えして~掃除機かけてただけで


汗が流れてきましたよ(-_-;)


今日は一日息子と一緒に会社来て、息子の夏休みの宿題のお手伝い。


いやはや。大変です(T_T)



ところで、またまた佐世保の高1の事件に触れたいと思います。


加害者は解剖書などの参考書を持っていたと報道されていますが


これって差別や偏見呼ぶのでは?と。


息子の中学校の生物部は本格的で、解剖なんて日常的。


だからと言って、こういう凶行に走る人はいませんよ(@_@;)



昨日触れた無邪気な残忍性とも同じことかもしれない。


たとえば魚の内臓を見て、


「一体体の中ってどうなっているんだろう?」


事故現場を見て、ついつい


「血は流れてないかな?」


って覗き込む。


戦争や大きな災害見て、ついつい遺体の写真を見てしまう。


これらって、単純な興味。


たとえば、それで魚を解剖したから、事故の惨状見たから、


遺体の写真見たからって決して狂気にが走らない。



私だって、高校生のころから犯罪心理学に興味を覚え


大学に入るころにはロバート・K・レスラーさんや、上智大学の上野先生の


本は読破し、自分なりにいろんな考え持っていました。


思春期にサイコパスやソシオパスなどの様々な事例を見ても


興味はありましたし、見ていてすごく面白かったけど


一度も


「実践してみたい」


とか


「完全犯罪してみよう」


なんて考えませんでしたよ(^_^;)



もしかして、目の前に凄惨な事故現場や犯罪現場があって


それを見てしまったら、状況は変わっていたかもしれない。



彼女にとって、大好きだった母親の死は転機になったのは間違いない。


母親は唯一の自分の味方(だったと書いてありますよね)で、


父親は女性にだらしなく~とくれば、思春期の性への偏見は強くなります。


本来なら父親を殺していただろうと思うのですが、


社会的にも肉体的にも力のある父親。


不可能とわかってしまい、自分の無力さがねじ曲がり


弱いネコなどに向いて行ったのでしょうね。


あとは、思春期によくある興味。


根本に対する疑問。


「なぜ私は生きているの?」


から


「なんで人って生きているんだろう?」


になり、生きるということへの疑問から興味へと変わる。


そこからはもう狂気の世界です。


解剖することで、死んだ亡骸を見ることで自分の生を感じ


安心を得る。


それは、リスカが自分の腕に流れる血を感じて生を確信することと同じこと。


決して殺したかったんじゃないんです。


生きたかったんです。


生きている意味を知りたかったんです。


誰かから愛されていることを感じたかったんです。


・・・ただそれだけなのに、誰も気が付いてくれなかった。


まわりの大人は知っていたはずなのに、


彼女の生を認めなかった。


だから、大きな死をもって自分の生を確認するしかなかったんだと


そう思います。



その昔、私は大量殺人や、残虐な殺人(サカキバラ事件など)の


加害者と直接会って話してみたいと感じていました。


それは共感・・・


なんとなく、その人たちがやったことが理解できたから。


その人たちと自分は同じ思いを抱いていて


その正常と狂気の境目が知りたくて


ボーダーラインを見極めたくて、その人たちに会いたいと


強く思っていました。


結局もちろんのことあったことなんてないですけどね(^_^;)



もし、彼女が自分の心を聞いてくれる人間が一人でもいたら・・・


それこそ児相がもっと早く彼女を救っていたら・・・


弁護士で、お金持ちで。教育熱心で。


でもやっていることは虐待。


ご飯あげないよりも、親が愛情あげないほうがよっぽどひどい。


でも、行政は目に見えるものしか反応しないから、


所詮事なかれ主義だから、目に見えなければ見て見ぬ振りするから


本当のソシオパスを創ってしまう。


彼女はソシオパス。社会が創りだしたんです。



悲しみが、心の叫びが狂気に変わった瞬間が


確実にどこかにあったんです。


その境目はどこだろう?


その境目を知ることができたら、あぁいう悲劇を事前に防げるのではないか?


児相の前段階として、もう少し身軽に動ける機関があればな~~


と心から思う今日この頃です。