こんばんは。
ちょっとずつ春が近づいてきましたね♪
生きて越冬できそうです(>_<)
さて、今日は「心の闇」のお話。
息子。
父親は小さい頃、息子には無関心だった。
遊びたいときに遊ぶ。でも、基本は放っておく。
なので、彼には父親に遊んでもらった記憶はないだろう。
小さい頃は、「家にたまに遊びにくるお兄さん」くらいの認識しかなく、仕事に出かける父親に「バイバイ!次はいつくるの?」と聞いていたほど、父親の存在を知らなかった。
転機は娘が産まれたときだった。
父親は娘が欲しかったらしい。
なので、息子がいらなくなったのだ。
思えば、生まれてきてから病院には一度も顔を出さず、息子の面倒も一切見ずに、退院と同時に1週間の休みを取った父親。
大変だから助けてくれるのかと思いきや!
「○○(娘)を見ているから、買い物いってきて」「○○(娘)を見ているから!○○(息子)と行ってきて」と、帝王切開にも関わらず、退院初日から買い物炊事洗濯の全てを任されたものだ。
父親はずっと娘と寝ているだけ…。
授乳の時間はもちろん私の出番。
グズったら私に。
だから、一緒に寝るだけの1週間。
そして、娘が笑い、遊べるようになると、息子に対する態度はますますひどくなった。
「気持ち悪いからこっち見ないで」
「○○(娘)と遊ぶからお前はどっか行ってろ」
小学校2年生になったばかりの息子に、ひどい言葉を投げ掛け、口答えすれば殴り、気に入らないことがあるたびに蹴りあげ、
精神的、肉体的な攻撃を続けた。
殺るか殺られるか…
そんなビジョンが浮かんだ瞬間、あの家から逃げ出した。
その後もPTSDに苦しみ、パニックを起こしては泣き、メンタルクリニックで治療を続けた。
5年間通い卒業。
少し解離していた人格は統合された。
でも、そこから一気に背も延びて、力もついた息子は、ちょうど自分が辛い目にあっていた頃の娘を見て、どうにも憤りが止まらない。
自分はこの頃笑うことなんか許されなかった。
自分はこの頃辛かった。
そもそもこいつのせいで自分はあんな目にあった。
…こいつさえいなければ、あんな思いはしなくてすんだんだ。
そんな心もあるだろう。
楽しそうに過ごす娘に憎しみを抱くようになったようだ。
そして、無意識のうちに、自分が受けた仕打ちを娘にするようになった。
さすがに暴力はないのだが、精神的な攻撃は、娘があっけらかんとしているのもあいまってひどくなる。
これが連鎖というやつか…。
本人も多分気付かずに、同じ目で妹を見る息子を見て、自分が判断を誤ったことを痛感させられる。
もっと早く離れるべきだった…と。
根は優しくて、お人好しで、真面目な息子。本当はとっても妹が好きでたまらない。
でも、好きだからこその怒り、好きだからこその憤りが止まらない。
なぜこんなに笑っているのか?
なぜこの子だけ愛されたのか?
今は彼の最後の試練。
連鎖を裁ち切れ!
父親を越えろ!
そのときに、あなたなら誰よりも幸せになれる。いつも人に愛され、手を差しのべられているってことを思い出してほしい。
自分と同じ思いをさせるのではなくて、自分が当時望んだものを与えてほしい。
それができれば、自分の中にある、最後の試練を乗り越えられる。
息子の心の闇の深さは計り知れない。
でも!息子が幸せをつかむために!
乗り越えてほしい…
そんな風に願って止まない今日この頃です…。