福知山の花火大会の屋台爆発事故の報道を見ていて
「重篤」という言葉を聞くと心が痛みます。
「重篤」・・・娘が5か月の時に聞かされた言葉。
熱が出て、毎日小児科へ通う日々でした。
でも、先生の顔を見て微笑む娘を見て
「大丈夫よ。笑う元気があるのだから。」という先生の言葉を信じ
ひたすら熱さましを飲ませる日々。
1週間たっても熱は下がらず、でも小児科では大丈夫と言われ続け・・・・
ある日、看病疲れでしょうか。
夜になって激しい頭痛が・・・
娘も力なく泣き続け、でも、立ち上がれないほどの頭痛。
抱っこもできず、横にうずくまっていた私を見て
「看病できないなら、さっさと病院行けよ」
と、心無い元旦那の一言で夜中に病院へ。
最初は、大学病院も「大丈夫。明日には下がるよ。でも一応検査しようね」
と、軽い感覚でした。
しかし、指にサチュレーションをはめた途端・・・・
「60%!!!ほとんど呼吸できてないぞ!!」
と事態は急変。
「すみません。意識もないので今から処置に入ります。」
と、バタバタと連れて行かれ、待たされること数時間。
途中、看護師が何度も慌ただしく走る姿を見て、不安でいっぱい。
(元旦那は椅子に横になり、ぐっすり・・・)
突然別室に案内されて、医師からの説明。
「なぜここまで放っておいたのですか??」
と。
「いえ。毎日、近所の小児科へ連れて行ってました。明日も行く予定でした。」
「よかったですね。ギリギリの選択でした。このままだったら、明日の朝は
彼女には来ませんでしたよ」
と医師。そして・・・
「今の状態は、重篤。わかりますか?危篤の一歩手前です。
レントゲンを撮ったのですが、右肺がつぶれています。自発呼吸を何とかしている状態。
髄膜炎を疑っているのですが、正直調べている猶予はありません。
すぐに髄膜炎の処置に移りたいので、同意書にサインをお願いします。
ただ、この薬が効いてくれればいいのですが、助けられるという約束はできません。
私たちも全力を尽くしているので、あとはこの子の生命力にかけるしかありません。」
・・・・!!!
泣き崩れましたね・・・。
なんで、もっと早く大きな病院に連れて行かなかったんだろうかと・・・・
幸い、3日後に意識を取り戻し、脳の委縮で障害が危惧されましたが
月齢が小さかったので、脳が適応してくれて障害も残らず、今は元気印そのものの娘。
あの時の頭痛は、きっと神様が
「今連れて行かないと、娘に二度と会えないぞ!!」
と教えてくれたのでしょう。
だって、病院ついたら頭痛はす~~~っと消えて、なんで来たんだっけ?
ってくらいだったのですもの。
娘はきっともっとつらかったんでしょうね・・・
そういえばこの出来事が、唯一元旦那が役に立った出来事でしたね・・・(^_^;)
待っている間も
「どうせ俺らにできることないだろ?俺は眠いんだ」
と、医師の説明すら寝っころがって聞いていた元旦那・・・別れてよかった・・・
と、それはさておき。笑
福知山では今も苦しんでいる子供が2名。
全身やけどというから、親御さんの心労は計り知れません。
例え、生きながらえたとしてもつらい日々となるでしょう。
心よりお悔やみ申し上げるとともに、どうか、二度とこんな事故が起こらないよう
再発防止に力を入れてもらいたいものです。