季節は秋、夜風が寒さを運んで来る10月の終わりに
北風が、冷気とともに季節外れの嵐を連れて来た。
時刻は、そろそろ日付が代わろうという頃―
ほの暗い街灯が、疎らに燈る静まり返った住宅街に、嵐の到来を報せる轟音が鳴り響いた。
ヴゥーン、というエンジン音が彼等の足音だ。
暴走族か?
いや、違う。
こんななんにも無い、ただの民家の集合体の中で走り回ったってなんのスリルも疾走感も在りはしない。
だからといって、別に此処が田舎な訳じゃ無い。
バイクで駅前に向かって走れば、10分も掛からない。
片方二車線の大通りもあるし、一面硝子張りのビル群がそれを取り囲んでいる。
彼等が走るのは、主にそっちだ。
そして、残業帰りのサラリーマン達をお決まりの轟音で出迎えるのだ。
その音を聞きつけて、周辺の白バイやら、パトカーやらが集まれば、彼等とのイタチごっこが始まる。
しかし、そんな彼等もこんな遅くまで走り回ったりはしない。
どんなに遅くても10時頃までには解散するらしい。
詳しくは知らないが。
なら、このエンジン音は一体誰が出しているのだろうか?
車やバイクのものとは明らかに違う。
モーター音とも聞こえる、嵐を連想させる渇いた音。
まるで、空を切り裂く翼の様な鋭い音だ…。
◆
深夜、突然の聞き慣れない音に起きてしまった【結瀬 弥人/ゆいせ ひろと】は、
虚ろな寝ぼけ眼のまま、まだ覚め切って無い回らない頭でそんなことを考えていた。
しかし、いつの間にかその轟音は掻き消えていた。
まるで、朝霧が朝日に照らされて靄が晴れていく様に、
その響きを辺りに残しながら遠のいて逝った。
そして彼も、遠のいて逝くその響きに誘われる様に眠りに墜ちて逝った…。
◆
「また、出たらしいぜ?昨日の深夜だ。それもこの高矢町によ!」
こう話すのは、俺のクラスメイトの【庵藤 経彦/あんどう たつひこ】だ。
どうやら彼は、昨夜俺が聞いた音の正体を知っているらしい。
まさか、昨夜の怪音の謎が翌朝、しかもクラスメイトの友人からその話が出てくるとは、夢にも思わなかった。
が、話の内容が的を射ておらず
正直、何を言いたいのかさっぱり分からない。
それから、休憩時間の度に何度となく話し掛けて来たので、嫌味たっぷりに半信半疑の態度で聴いてやった。
正直、今更音の正体なんて俺にはどうでも良いのだ。
真夜中に突然耳に入ってきて、俺の安眠を邪魔しただけだ。
アレが毎日来たとあってはたまったもんじゃないが、そんなことにいちいちかまっていられる程俺は暇人ではないのだ。(自称)
だが、実際は、何をしているのか?
と聞かれると、回答に困るのだが…。
昼休みになり、弁当を逸早く食べ終わった庵藤が俺の所へ来て、性懲りもなくまた例のことについて語り始めた。
俺はそれを、弁当を食いながら右耳から左耳へと聴き流している。
BGMを聴いている感覚だ。
半信半疑の態度もそのままだが、こいつはお構いなしに秋の斜めに射す日光を浴びながら俺に語りかけてくる。
「だ~から、出たんだよ!」
「お化けがか?
高校生にもなって、まだ幽霊を信じてる奴なんて国宝級の珍しさだぞ…。」
そう皮肉って、俺は窓の外に目をやる。
冷え込んでくるこの季節に窓際の座席とは…。
と、自分の不運を嘆いていると、庵藤が強い口調で、ずい、と身をのり出して反論した。
「『暴風族/ストーム・ライダー』だっての!」
まぁ、これだけ皮肉れば当然の反応だ。
「だからさ、そのストーム・ライダーって、なんなのよ?
暴走族の類い?新種?」
あいつはすぐにきっぱりと、違う!、と答えた。
じゃあ、一体なんなのだ?ストーム・ライダーとは…。
俺の謎は、結局解決されないまま、また新たな謎を呼んだだけだった。
◆
あれから4日間、ストーム・ライダーの話は出てこなかった。
庵藤曰く、絶対にまた来る!
とは言っているが、そんな気配はまるで無い。
いたって平穏な毎日だ。
それを、退屈だ、と現代社会を毛嫌いする輩もいるが、そんな奴等にかぎって実はやりたいことなんて無かったりする。
自分もその一人なわけだが…。
今日もいつも通り、特に変わったこともなく平穏に終わってゆく。
日付も11月に変わり、沈みかけた秋の西日を受けながらいつもの帰り道を歩いていた。
不意に風を受けた。
目を瞑り、風を避ける様に風の向かう方へ目をやった。
【…なんだ、これ。
此処にこんなの在ったか?】
それはちょうど、大通りを取り囲むビル群と住宅街との間に在った。
造りかけのビルだろうか、まだ骨組みしか無く、それを取り囲む足場も残っていた。
中は、縦に、横に、斜めに、縦横無尽に鉄骨やらパイプやらが張り巡らせてあった。
なぜだろうか、俺はそれを激しく否定した。
理由は分からない。
ただ本能が告げている。
コレに近付いてはいけない。コレに関わってはいけない。と。
だけど、そんな思いとは裏腹に、風はまるで、俺を誘うかの様にこの建物とも言えないものに向かって吹いている。
風は誘う、
踏ミ出セ。
風は言う、
オ前ナラ翔ベル。
風は示す、
オ前ノ翔ハ此処ダ。
「それ以上、近付いてはいけないヨ。」
背中越しに聞こえる、聴き覚えの無い声に呼び止められて、我に返る。
「それ以上、こっちに踏み込んではいけないヨ。」
気がつけば、俺はあの骨組みの目の前にいた。
「…なんだ、?…今の、声?
俺、いつの間に…」
「あっれ~?聞こえなかったかナ?」
声の方へ振り返る。
「あんたが、俺を呼び止めてくれたのか。」
「なんだ、ちゃ~んと聞こえているじゃあないカ。」
飄々と喋る彼は、何とも不思議な格好をしていた。
全身真っ黒の服で如何にも怪しい。
手足の袖の外側だけが長く、その先にはベルトが付いている。
他にも、身体のあちこちにベルトが付いている。
髪は、白か灰という感じで、男としては長め。目と耳の上以外は顎下辺りまで伸びている。
掛けているサングラスは、色は薄く目の大きさ位なら分かるくらいだ。
身長は俺より少し高いか。
これだけでも十分に変な格好だが、その極め付けは履いている靴だ。
踵の下にローラーの様なものが付いている。
一見、黒の革靴に見えるが違和感が残るが、それはきっと踵の高さだ。
一時期流行ったローラーシューズと言ったところか。
とにかく変わった靴だ。
「あんたは、これがなんなのか知っているのか?」
「そんなことよりも、君はなぜ、これに近寄ったんだイ?
それとも、コレに魅かれタ?」
「なぜって…、気がついたら、いつの間にか…。
それより、俺の質問に答えろ。
あんたは、これがなんなのか知っているのかどうか!?」
「そうだね。
知っている、と言えば知っている。
聴きたいかイ?」
息を呑んだ。
自分に、強烈なまでの畏怖を与えてくるこの建造物の正体を知っていいのか、否か、悩んだ。
時間にすれば、ほんの二、三秒だろうか。
しかし、そのほんの少しの時間さえ、今の俺には何時間にも感じられた。
そして、決意した。
「ああ、知りたい。」
そう答えると、あいつは態度を一変して、口の両端を上に吊り上げて、まるで悪魔の様な笑みを浮かべた。
夕陽が被ったあいつの姿は真っ黒で、不気味な笑顔だけが浮き彫りになっている。
と思ったが、あいつは俺に声を掛けた時からずっと同じ様ににこにこと、いたって普通の笑顔でいる。
「気の…せい…?」
気のせいにしては鮮明過ぎるあの光景…。
永い様で短かった沈黙の後、混乱している俺に、あいつは自分の部屋に案内すると言い出した。
まさかと思った。
名前すら知らない相手を自分の部屋に入れるなど、こいつの気が知れない。
それに、さっきの事もある。
…。
いつもなら、確実に断った筈だ。だが、俺は承諾した。
なぜだろうか、理由は思いつかない。
ただ、同じ事の繰り返しだけの平凡で下らない日常から、抜け出せると思った…。
俺の中で何かが変わった。
全く不確かな未来へ不安定な一歩を踏み出す様な、そんな冒険をしようとしているなんて、自分はどうかしている。
でも、それでも、この先は、きっと今よりは、マシだろうな…。
そして俺は、【夜の国/ソラ】への一歩を踏み出した。
≫No,2
北風が、冷気とともに季節外れの嵐を連れて来た。
時刻は、そろそろ日付が代わろうという頃―
ほの暗い街灯が、疎らに燈る静まり返った住宅街に、嵐の到来を報せる轟音が鳴り響いた。
ヴゥーン、というエンジン音が彼等の足音だ。
暴走族か?
いや、違う。
こんななんにも無い、ただの民家の集合体の中で走り回ったってなんのスリルも疾走感も在りはしない。
だからといって、別に此処が田舎な訳じゃ無い。
バイクで駅前に向かって走れば、10分も掛からない。
片方二車線の大通りもあるし、一面硝子張りのビル群がそれを取り囲んでいる。
彼等が走るのは、主にそっちだ。
そして、残業帰りのサラリーマン達をお決まりの轟音で出迎えるのだ。
その音を聞きつけて、周辺の白バイやら、パトカーやらが集まれば、彼等とのイタチごっこが始まる。
しかし、そんな彼等もこんな遅くまで走り回ったりはしない。
どんなに遅くても10時頃までには解散するらしい。
詳しくは知らないが。
なら、このエンジン音は一体誰が出しているのだろうか?
車やバイクのものとは明らかに違う。
モーター音とも聞こえる、嵐を連想させる渇いた音。
まるで、空を切り裂く翼の様な鋭い音だ…。
◆
深夜、突然の聞き慣れない音に起きてしまった【結瀬 弥人/ゆいせ ひろと】は、
虚ろな寝ぼけ眼のまま、まだ覚め切って無い回らない頭でそんなことを考えていた。
しかし、いつの間にかその轟音は掻き消えていた。
まるで、朝霧が朝日に照らされて靄が晴れていく様に、
その響きを辺りに残しながら遠のいて逝った。
そして彼も、遠のいて逝くその響きに誘われる様に眠りに墜ちて逝った…。
◆
「また、出たらしいぜ?昨日の深夜だ。それもこの高矢町によ!」
こう話すのは、俺のクラスメイトの【庵藤 経彦/あんどう たつひこ】だ。
どうやら彼は、昨夜俺が聞いた音の正体を知っているらしい。
まさか、昨夜の怪音の謎が翌朝、しかもクラスメイトの友人からその話が出てくるとは、夢にも思わなかった。
が、話の内容が的を射ておらず
正直、何を言いたいのかさっぱり分からない。
それから、休憩時間の度に何度となく話し掛けて来たので、嫌味たっぷりに半信半疑の態度で聴いてやった。
正直、今更音の正体なんて俺にはどうでも良いのだ。
真夜中に突然耳に入ってきて、俺の安眠を邪魔しただけだ。
アレが毎日来たとあってはたまったもんじゃないが、そんなことにいちいちかまっていられる程俺は暇人ではないのだ。(自称)
だが、実際は、何をしているのか?
と聞かれると、回答に困るのだが…。
昼休みになり、弁当を逸早く食べ終わった庵藤が俺の所へ来て、性懲りもなくまた例のことについて語り始めた。
俺はそれを、弁当を食いながら右耳から左耳へと聴き流している。
BGMを聴いている感覚だ。
半信半疑の態度もそのままだが、こいつはお構いなしに秋の斜めに射す日光を浴びながら俺に語りかけてくる。
「だ~から、出たんだよ!」
「お化けがか?
高校生にもなって、まだ幽霊を信じてる奴なんて国宝級の珍しさだぞ…。」
そう皮肉って、俺は窓の外に目をやる。
冷え込んでくるこの季節に窓際の座席とは…。
と、自分の不運を嘆いていると、庵藤が強い口調で、ずい、と身をのり出して反論した。
「『暴風族/ストーム・ライダー』だっての!」
まぁ、これだけ皮肉れば当然の反応だ。
「だからさ、そのストーム・ライダーって、なんなのよ?
暴走族の類い?新種?」
あいつはすぐにきっぱりと、違う!、と答えた。
じゃあ、一体なんなのだ?ストーム・ライダーとは…。
俺の謎は、結局解決されないまま、また新たな謎を呼んだだけだった。
◆
あれから4日間、ストーム・ライダーの話は出てこなかった。
庵藤曰く、絶対にまた来る!
とは言っているが、そんな気配はまるで無い。
いたって平穏な毎日だ。
それを、退屈だ、と現代社会を毛嫌いする輩もいるが、そんな奴等にかぎって実はやりたいことなんて無かったりする。
自分もその一人なわけだが…。
今日もいつも通り、特に変わったこともなく平穏に終わってゆく。
日付も11月に変わり、沈みかけた秋の西日を受けながらいつもの帰り道を歩いていた。
不意に風を受けた。
目を瞑り、風を避ける様に風の向かう方へ目をやった。
【…なんだ、これ。
此処にこんなの在ったか?】
それはちょうど、大通りを取り囲むビル群と住宅街との間に在った。
造りかけのビルだろうか、まだ骨組みしか無く、それを取り囲む足場も残っていた。
中は、縦に、横に、斜めに、縦横無尽に鉄骨やらパイプやらが張り巡らせてあった。
なぜだろうか、俺はそれを激しく否定した。
理由は分からない。
ただ本能が告げている。
コレに近付いてはいけない。コレに関わってはいけない。と。
だけど、そんな思いとは裏腹に、風はまるで、俺を誘うかの様にこの建物とも言えないものに向かって吹いている。
風は誘う、
踏ミ出セ。
風は言う、
オ前ナラ翔ベル。
風は示す、
オ前ノ翔ハ此処ダ。
「それ以上、近付いてはいけないヨ。」
背中越しに聞こえる、聴き覚えの無い声に呼び止められて、我に返る。
「それ以上、こっちに踏み込んではいけないヨ。」
気がつけば、俺はあの骨組みの目の前にいた。
「…なんだ、?…今の、声?
俺、いつの間に…」
「あっれ~?聞こえなかったかナ?」
声の方へ振り返る。
「あんたが、俺を呼び止めてくれたのか。」
「なんだ、ちゃ~んと聞こえているじゃあないカ。」
飄々と喋る彼は、何とも不思議な格好をしていた。
全身真っ黒の服で如何にも怪しい。
手足の袖の外側だけが長く、その先にはベルトが付いている。
他にも、身体のあちこちにベルトが付いている。
髪は、白か灰という感じで、男としては長め。目と耳の上以外は顎下辺りまで伸びている。
掛けているサングラスは、色は薄く目の大きさ位なら分かるくらいだ。
身長は俺より少し高いか。
これだけでも十分に変な格好だが、その極め付けは履いている靴だ。
踵の下にローラーの様なものが付いている。
一見、黒の革靴に見えるが違和感が残るが、それはきっと踵の高さだ。
一時期流行ったローラーシューズと言ったところか。
とにかく変わった靴だ。
「あんたは、これがなんなのか知っているのか?」
「そんなことよりも、君はなぜ、これに近寄ったんだイ?
それとも、コレに魅かれタ?」
「なぜって…、気がついたら、いつの間にか…。
それより、俺の質問に答えろ。
あんたは、これがなんなのか知っているのかどうか!?」
「そうだね。
知っている、と言えば知っている。
聴きたいかイ?」
息を呑んだ。
自分に、強烈なまでの畏怖を与えてくるこの建造物の正体を知っていいのか、否か、悩んだ。
時間にすれば、ほんの二、三秒だろうか。
しかし、そのほんの少しの時間さえ、今の俺には何時間にも感じられた。
そして、決意した。
「ああ、知りたい。」
そう答えると、あいつは態度を一変して、口の両端を上に吊り上げて、まるで悪魔の様な笑みを浮かべた。
夕陽が被ったあいつの姿は真っ黒で、不気味な笑顔だけが浮き彫りになっている。
と思ったが、あいつは俺に声を掛けた時からずっと同じ様ににこにこと、いたって普通の笑顔でいる。
「気の…せい…?」
気のせいにしては鮮明過ぎるあの光景…。
永い様で短かった沈黙の後、混乱している俺に、あいつは自分の部屋に案内すると言い出した。
まさかと思った。
名前すら知らない相手を自分の部屋に入れるなど、こいつの気が知れない。
それに、さっきの事もある。
…。
いつもなら、確実に断った筈だ。だが、俺は承諾した。
なぜだろうか、理由は思いつかない。
ただ、同じ事の繰り返しだけの平凡で下らない日常から、抜け出せると思った…。
俺の中で何かが変わった。
全く不確かな未来へ不安定な一歩を踏み出す様な、そんな冒険をしようとしているなんて、自分はどうかしている。
でも、それでも、この先は、きっと今よりは、マシだろうな…。
そして俺は、【夜の国/ソラ】への一歩を踏み出した。
≫No,2