あの日以来、俺はずっと逃げていた。
自分で、自分の両親を殺してしまったあの日から。
あんな所へ行かなければと、行きたいと思わなければと、悔やみ続けた。憎み続けた。
いつしかそれは、親を殺した事実では無く、許せない自分が今居る現実へと変わってしまった。

 なんで逃げてるんだろう?
 理由も目的も、とうに忘れた。
 ただ、現実から逃げているという事実が、俺にとって唯一の真実だから。
 だから、逃げ続けた。

―現実逃避、

ツバサがあれば、もっと遠くへ逃げれるかな…。



「過去に向かって走るのも、いいんじゃないか?」
雷公はそう言った。
なら、そうしよう。

「これを、俺に?」
「そう、君の翔だ。」
足下に在るアタッシュケースから、俺は自分の翔を手に取った。
それは、とても軽くて、温かくて、まるで自分の一部にさえ思えた。

「さて、早速だが君は此所に行ってきなさい。とっておきの先生がいるから。」
俺は雷公の言うまま、お使いをする事になった。





電車で三十分、徒歩で更に三十分。
港湾地区の倉庫街で、月に照らされた二人の影を見つける。
 一人は消え、一人は残った。
雷公から預かった手紙を読み上げると、影は驚いた様子でこっちに飛んで来た。
「お前、雷公に会ったんだな!?」
そうだ、と答えると切羽詰まった感じで、すぐそこへ案内してほしいと言う。
訳が分からないので、とりあえず案内する事にした。
ところが俺が駅へ向かおうと言うと、は?と驚いた顔をする。
「お前、ATは?まさか履いてねぇの!?」
と言うか、さっき貰ったばかりだ。
そう彼に告げると、彼は掌で顔を覆い深い溜め息をついた。
「じゃあ、そのアタッシュケースは、何?」
説明すると長いので、目認してもらった。
あー、なるほど。と彼は唸った。
此所までの所要時間を言ったら、彼はまた深い溜め息をついた。
どうやら諦めた様だ。
「ヂバチの情報だったから、まさかハズレはねぇと思ってたが、こいつはとんだ大当りだ…。」

 雷公の時もそうだったが、いつも自分は蚊帳の外だ。
 なんのことか、ちっとも分からない。
 そして彼もまた、雷公と同じ様に、自分の部屋へ来いと言う。
 軽くたらい回しにされている気分だ。いや、実際そうか。
 雷公は、いい先生がいるから、と言っていた。おそらく彼がその先生なのだろう。
 つまりあいつは、渡す物渡して後は人任せ、と。
 なんて他力本願な奴だ。
 そう思うと、少し彼が可哀想に思える。
 そんな事を考えながら俺は、彼、秋人さんの部屋へ向けて歩を進めるのだった。





「好きな処に腰掛けてくれ。温かい珈琲でもだそう。」
倉庫街から一転、都心に佇む高層マンションの十二階、此処は秋人さんの部屋だ。
 使って無いのか、戸に鍵が掛かった部屋が一つ、玄関から居間へ通じる廊下の途中に在る。
薄暗い廊下を抜けると、都会の夜景を一望出来る硝子張りのリビングがある。
 軽く二十畳は有るだろうか、居間がこんなにも馬鹿でかい2LDKは、一人暮らしの秋人さんには広過ぎる気がする。
 キッチンに立つ秋人さんを背中に、部屋の真ん中に在るガラステーブルを囲む様に置かれた大きな碧いソファに座る。

とりあえず、今の俺には幾つか疑問が…。
一息着いて、その内の一つを聞いてみる。
「秋人さんって、歳いくつですか?」
「ん~?十七。はい、珈琲、インスタントだけど。砂糖とミルクは此所に…。」
やっぱりそうだったのか。
この部屋を見た時には、違うのか?と、一瞬思ったが、最初に倉庫街で会った時から、どうも雰囲気は俺と同じ十代のものを感じていた。
 「それなら、秋人さんは何故ストームライダーなんかになったんですか?」
「!…。やっぱり、魅力があるじゃないか。」
秋人さんは、いたって普通に答える。しかし、微かにどこか険しい表情を垣間見せた。

「さて、それじゃ次はこっちの番だ。君は、何の為に走る?何を目指す?」
珈琲を口に含む俺に、秋人さんからの質問だ。
「自分の為に…自分の過去へ…!」
迷わず俺は答えた。
 秋人さんは、それで納得した様だ。
何故かは分からないけど。
とにかく俺は、これからストームライダーとして走って行く為の準備を、秋人さんにいろいろと教わりながら手伝って貰った。

ATの扱い方、
ストーム・ライダーという存在、
夜の世界について…。

まず、ATでの走行は、踏み込めばホイール内のモーターが反応、回転する、という仕組みだ。
ブレーキは無いのでスピン・ターンというトリックで止まる。
基本的なトリックはまだあるが、ひとまずこれだけ。
後々、教えてくれるそうだ。

ストーム・ライダーは皆、自分の道に、そしてストーム・ライダーとしての自分自身に対して絶対的な【誇り/エンブレム】を持っている。
これが、ストーム・ライダーの最低条件。

そして、この夜の世界について、ストーム・ライダーの第一世代からの唯一の決め事。
 “総てのストーム・ライダーは、昼の世界に干渉してはならない”
これを守らなかった者は、容赦無く、【裁断者/ジャッジメント】に始末される。
裁断者、その名の通り、裁く者。
昔、ATが今の様に流通し始めた頃現れた第二世代の暴風族/ストーム・ライダーの横暴を食い止める為に結成された八人の王からなるチーム。
雷公もかつて、そのメンバーの一人だったそうだ。
 今更だが、つくづくあいつは謎が多過ぎる。

「過去は、また今度話してやる。」
秋人さんはそう言って、これ以上話してくれなかった。

「さぁ、早速明日から練習始めるぞ。二十二時に倉庫街の入口だ。」
どうやら本当に俺の面倒を見てくれる様だ。
昼の社会じゃ有り得ない現実だ。
「本当に、俺の練習に付き合うつもりですか!?」
思わず本音が零れる。
「あぁ、手紙にもあったろ、“焔城ノ主ニ預”って、だから俺が弥人の面倒を見る。」
「えーと、て言うかそもそもその“焔城の主”って、なんですか…?」
「んあ?…、あぁこれか。これは比喩だよ、雷公お得意の、な。あいつからの手紙はいつもあんな感じだから、すぐに判るのさ。」

ああ、どおりで、あの時手紙を読んだだけですぐに差出人が雷公だと判ったのか。
「で、その意味は?」
「そうか、まだ話して無かったな。“十六王帝”についてだ。」


―十六王帝―
八人の王と、四人の四天王、四人の帝を表す、暴風族第一世代の総称だ。
つまり、第一世代は全部で十六人。
その内の八人の王が今のジャッジメントの正体だ。
当時、四天王は表立った行動はしなかったし、四帝に関しては殆ど情報が残って無い。
だから実際はいなかった、と言う説が有力だ。
何故なら、現在帝の称号を持っている四人は皆、第二世代/セカンド・ライダーの出現以降にその名を受けている事から、
当時、第一世代つまり、ファースト・ライダーの中に帝は居なかった。
実は、第一世代は十二人だったんだろう。
世間ではそう言われている。

悪い、話が逸れた。
結論は、焔城の主=煉帝である俺のこと。

と、秋人さんは淡々と語るが、俺は最後の一節に度肝を抜かれた。
秋人さんが帝!?
帝ってことはやっぱり名実両方とも凄いんだよな?
そんな人に教われるなんて、自分はラッキーだ。





 バーで雷公に魅せられたトリックが、未だにこの網膜に焼き付いたままで、なんとも言えない高揚感が全身を駆け回っている。
 胸が躍るとはこの事か。
 明日の練習が待ち遠しくてたまらない。
 俺の日常は、昼の人間にとっての非日常となった。
 気が付けば日付はとうに変わって、街はすっかり寝静まっていた。
 当然、全ての交通機関は、今日の運行を終えているので、仕方がないので歩いて帰る。
 この漆黒の闇の中を進む俺を照らすのは、薄暗い街灯と満点の星空に浮かぶ真ん丸い月の灯りだけだ。
 真っ黒な景色は、まるで映画館の巨大スクリーンの様にストーム・ライダーとして駆けていく自分のイメージを鮮明に次々と映していく。
 たまにすれ違う自動車のライトで、自分の世界から現実に度々引き戻される。
 時間が静かに、そしてゆっくり流れるこの夜の国は、俺にはぴったりだ。
だが、蓋を開けてみれば、実は今晩の様に浮かれてはいられなかったと、翌日後悔する事になろうとは夢にも想っていなかった。

 そんな、深夜の帰り道。



⇒No.4