闘病中のワンコさんへ。
闘病中の飼い主さんへ。

季節が完全に冬に移り、ただでさえ寒くて辛いのに、病気でなおのこと、お気持ちも塞ぎがちだと思います。
この病気は治るのかなあと、気持ちが折れることもままあるかと思いますが、どうか希望を見失わないでくださいね。
「希望は何よりも大切、希望だけは絶対に失うな」
ある映画で袋小路に陥った主人公に友人が伝える言葉です。
ゴンがメラノーマに罹患したとき、ゴン兄は最期のその瞬間まであきらめませんでした。
ゴンは死なない。
絶対に死なない。
死なせない。
奇跡だってある。
この世にはある。
だからあきらめない。
希望があったからあきらめられずいられた、希望があったからあのとき生きることができた、今日まで生きられた。
岐阜の大学病院へ通う道は、ゴンを絶対に治してやるんだという気持ちでハンドルを握り、ただひたすら前だけを見ていました。
なぜもっと早く気づいてやれなかったのだろうかとか、他に手立てはあったはずなのにとか、いろいろな考え、迷い、後悔もありましたが、それよりも治療をして、薬を飲ませて、しっかり食べさせ、治癒力を高めて、こんな癌のクソ野朗なんか、ふっとばしてやれ、ぶっとばしてやれ、と、そちらの気持ちの方が勝っていたのだと思います、後悔なんかより。多分ゴン兄、あの時ほど鼻息が荒かった事はなかったと思います。人生後にも先にも。
結果はご存知の通りです。
でも…
やること全部やった、
やってあげられること、
やってあげたかったこと、
全部やりました。
それは兄と弟の、
ふたりの勲章です。
未来永劫消えることのない命の記憶。
戦利品、
とは言えないけれど。
ゴン兄は頑張った愛する弟ゴンを誇りに思います。
えらかったなと心から褒めてやりたい。
にーちゃんのやり方に黙ってついてきてくれて、ありがとなと伝えたい。
やれるかやれないかじゃなく、やるしかなかった。
母の介護や痰の吸引をやっていたときもやれる人間は自分しかいなかったため、やるしかありませんでした。
ゴンのときの治療や通院も、現在の父の送迎もやるしかない。
自分しかいないのだから。
そのことによって自分は強くしてもらったなとそう思っています。
母の吸引をしなくてよくなったとき、父の送迎をしなくてよくなったとき、それはすなわち「お別れ」を意味するのだから。
この先、いろいろな困難が立ちはだかることでしょう。でもその困難の先に必ず希望があることを信じて前に進みたいと思います。生きている限り、どうしても逃れられない現実があります。残酷な現実。でもその現実から逃げずにきちんと向き合えたら。元来、自分はとても弱虫で、泣き虫で、怖がり屋です。ですが、最後まであきらめずに闘いたい、向き合っていけたらと思っています。
ちなみにゴン兄、母に「ゴンを頼むね」とはまだ一切伝えていません。むしろいまだに「ゴンを連れていかんでよ」と伝えています。
ゴンにも「にーちゃんから離れんな、絶対に離れるんじゃねーぞ」と言い聞かせています。
勝手な解釈。
都合の良い考え。
でもそれでよいと思っています。


自分の場合、結局はゴンを死なせてしまったので残念ながら「成功体験」とは言えず、ここにこのようなことを書く資格もないのですが、ゴンを失って2年を経てほんの少しだけ、当時の自身の心境をやっと冷静に見つめなおすことができ、あのとき、やれるだけのことをやっておいてよかったと思い返しているので、そのことをみなさんにお伝えしたいと思いまして。
我が子の病状が快方に向かいますように。
ご自身のお具合が良くなりますように。
どうか引き続きお大事になさってください。
最期まであきらめないでください。
希望を見失わないでください。