木曜日に父の5度目の血管外科外来に行って参りました。
前回の4度目から若い医師になりました。

多分、3度目までの年配の医師(院長?)の時から父のシャントの按配はよろしくなかったのでしょうが、この若い医師の術後の当方への伝え方がどうにも気に入らないゴン兄です。

「血管の状態がかなり悪く、今回はなんとか広げましたがいつまでもつかわかりません」

「もしもたなくなったらどうなるんですか」

「そうなったらその時です」

「その時ってどんな時ですか」

先方、明らかにイラついてる。

「ともかくまた2カ月後に来てください」

「代替のシャントを作ってはいただけないんでしょうか、現在のシャントがダメになっても代わりのものを作れるって聞いてますが」

「まあお歳だから、また作るといってもね、では」

そのまま奥へ。

あー、もやもやするなあ。

ちっとも患者とその家族に寄り添ってないわ、気持ちが。

「現在のシャントが使えなくなってもすぐにまた新しいものを作って差し上げますよ、大丈夫です」

そう言ってほしいんだけど、そこは嘘でもいいから。あるいは高齢の父には限界が近づいているという現実をあらかじめ示唆されたほうのがよいのかな、こんな風に。

父はベッドに腰掛け我々の会話を聞いておりましたが耳が遠くてわからないみたいです。

医師との話の内容は伝えていません。

父は2ヶ月に1回、右腕の血管をバルーンで広げる処置(手術)を施してもらっています。
父は来年早々に90歳になりますが現在は至って元気なので、このまま透析を続けさせてやりたいとそう考えています。

午後3時が受付時間でしたので6時前に帰宅すると外は真っ暗でした。

菜々ちゃんが初めて玄関まで我々を迎えに来てくれました。

いつもならゆうんぽもゆうごはんも終わっている時間、どうしてこんなに遅くなったのと言わんばかりに。

この夏初めての真っ暗な中を菜々ちゃんとゆうんぽ。

嫌なことがあっても菜々ちゃんとのお散歩で気持ちは軽くなる。

ありがたいばかりだよ。


日付が変わり、金曜日(昨日)の透析です。

透析クリニックの院長先生に血管外科外来からのお手紙をお渡し、昨日言われたことや自身の気持ちを伝えたところ、

「大丈夫ですよ。まずは2カ月に1回そこに通っているのだからこれからも透析は続けられます。現在のシャントが使えなくなっても、すぐに次の処置を施してくれますよ。方法はいろいろありますから」

と言ってくださり、少しだけほっとしたゴン兄です。

ゴンがメラノーマになった時も病院の先生に聞きたいことがいくつかありメモ紙に箇条書きにして絶対に聞き忘れ聞き漏れがないようにと持参しました。昨日も同じようなものを持参し色々と聞いて参りました。

60を過ぎて物忘れがひどくなり後から思い出してしまったと悔やむことが度々あります。買い物で忘れたとかなら取り返しはつくけど、父やゴン菜々ちゃんの命についてはひとつきりしかないもんね。