3年前の9月8日、ゴンの不細工(メラノーマ)を放射線で退治するため、ゴンとゴン兄は岐阜の大学病院へ初回治療に向かいました。
そのときのブログをコピペします。

岐阜への往路、ゴンは助手席にうずくまりずっと眠っておりました。
このまま治療で苦しむこともなく眠るように死ねたら、ゴン、楽だよな。
ゴンの寝顔を見ながらハンドルを握りぼんやりとそんなことも考えました。
いやいや、おいらは生きるために治療に行くんだよ、にーちゃん。
だよな。
たくさんのお友達も応援してくれている。
がんばろな。
今思えば、この世で一番大切な弟の命がつながるか否かの人生で最もきわどかった時間だったのに、岐阜へのドライブは楽しくもありました。
それは治療の先に、ゴンと生きるという望みがあったからだと思います。
まだ夏の余韻の残る町。
遥か前方に望む金華山。
クーラーの効いた車内。
助手席にはゴンがいて。
その一瞬一瞬が今もゴン兄の脳裏に強く焼き付いています。
もう二度と戻れない時間。
あの時間空間を抱きしめたい。
ゴンごと抱きしめたい。
ゴンを抱きしめたい。
叶わないけれど。
抱きしめたい。



みなさんにはゴンのことで大変ご心配をおかけしております。
またいただいているコメントにちっとも返事ができずに大変失礼しています。ごめんなさい🙏

本日朝7時半に自宅を出まして、10時少し前に岐阜大学の動物病院に到着いたしました。所々で朝の渋滞がありましたが、何とか予約の10時に間に合いました。心配された雨は全く降りませんでした。

木曽川を越えて、岐阜県入り。

正面に金華山と岐阜城が見えております。



岐阜市内、繁華街の柳ヶ瀬を通り、岐阜大学へと到着いたしました。




受付を済ませ、早速持参したエリカラ装着。

にーちゃん、知ってるか⁉️

なんだ。

このエリカラで、全国のお友達がおいらにビュンビュン飛ばしてくれている元気玉回復玉をキャッチしてるんだよ。

ほんとだね、ありがたいね。


病院の待合室からも、金華山と岐阜城が望めました。

七一十くん、見えてる❓

信長公がきみにようこそって言ってるよ。


ゴン兄は先生からお父さんと呼ばれました。

お父さん、ゴン君の治療が始まるまで色々とお手伝いをしてください。腕の毛を剃って留置針を置いたり、体温を測ったりするあいだ、ゴン兄はエリカラをつかみ、ゴンの顔をじっと見据え、大丈夫を繰り返しました。あらためて、ゴンてハンサムだなあ、と思いました。

親バカチュー

11時20分に処置室に入り、12時半に治療を終えて、ゴン出て参りました。

ぐったり、麻酔が抜けていません。

右口唇の腫瘍は、右側リンパ節のそれとつながり、巨大化しておりました。本日はその口唇とリンパあわせて10分間の照射を施してくださいました。

7グレイを6週、通算42グレイの線量を照射することとなりました。

通常は6グレイだそうですので、少々強めの線量で集中的に照射しメラノーマを一気にやっつける作戦です。早ければ2回目3回目で患部縮小を期待できるそう。

止血薬も状況を観察し減薬してくださいと言われました。

次回は12日火曜日です。


最初聴診器でゴンを診てくれた先生が、ゴン君、心雑音があるね、と。心臓に問題がある場合、放射線治療はできないよ、とおっしゃたので、心雑音はチビの頃からあります、走っていて急に倒れるなんて事は今までに一度もありません、今日はなんとしてもこの不細工(腫瘍)を焼き殺してもらいたい、もしそれによってゴンに大きなリスクが発生しようとも、とすがる思いで訴えました。

先生は、今後僕がゴン君を診ることになるので、僕がゴン君の体調を把握し納得した上で進めてまいりましょう、今日、放射線やりましょう、と言ってくださいました。


本日のお会計、187.130円でした。2回目以後は毎回5万円が予定されております。


帰路、後部座席にてずっとヘベレケのゴン。


帰宅するころに起きて、自力でクルマを降りましたが、今はまた寝ています。


メラノーマを発症した場合、長く生きれて半年、それ以上は難しいと先生から告げられました。

もし今回この放射線治療に望めていなかったら、きっともっと短い命でゴンは終わることと思います。

今日からのゴンとの時間はみなさんからのプレゼントだと思っています。

かつて、これ以上のプレゼントをゴン兄、いただいたことがあったでしょうか。

みなさんにはただただ感謝です。

ありがとうございます。