ゴン兄は優しい母方の祖母が大好きでした。ゴン兄がチビの頃、ゴン兄一家は名古屋に住んでいたのですが、娘家族の様子を見におばあちゃんは島から船と電車とバスを乗り継いでよく遊びにやってきました。4 5日滞在すると畑が心配だと帰ってゆく祖母。名古屋駅で見送るつもりが、どうしても祖母についていきたいと駄々を捏ね母と祖母を困らせました。そんなゴン兄を祖母は帯紐をほどきおんぶして田舎の島にそのまま連れ帰ってくれました。そのため島のいとこたちとは兄弟のように育ちました。夜はおばあちゃんと一緒に寝て過ごしました。

ある時、祖母の友人宅に祖母と遊びに行きました。

友人の息子は出征したのち戦死帰らぬ人となっておりました。

仏壇のすぐ上には若い男性の白黒写真が掲げてありました。

「この子のおかげで今は何不自由なく暮らしていられる」そう話してくれたおばあちゃんの友達。

「あなたも息子さん達、戦地で死んでいれば国からお金がもらえたのにね」

祖母には息子が3人おりましたが(母の兄たち)長男は出征ののち無事生還、しかし次男と三男をそれぞれ病気と事故で失くしておりました。

帰り道、祖母は「私は息子を誰ひとり戦争で失うことがなくてよかった、本当によかった、お金なんかいらん」とつぶやきました。

ゴン兄は、あのおばあちゃんはそういう風に思うしかなかったんじゃないか、と考えました。

母の一番上の兄は無事に戦争から帰ってきましたが、粗末な靴で戦地を歩かされたせいで、足を病んでしまいました。足の裏には魚の目がびっしりとあり、どう歩いても痛いとよく訴えておりました。

名古屋の市営団地に16歳になるまで両親弟たちと一緒に暮らしたゴン兄でしたが、当時すぐ隣に住む夫婦が鹿児島県出身で、そこのおじさんはあと2日終戦が遅かったら知覧の飛行場から特攻隊として飛び立っていかなければならなかった人でした。

おばさんから戦争がいかに理不尽で残酷であるかと言うことをよく聞かされました。当時のテレビがニュース等で「やんごとなきお方」の「お田植え」などのシーンを報道すると、ここには書けない汚い言葉をそのテレビの向こうの人に浴びせておりました。

そのまた隣には広島の原爆の衝撃により耳が聞こえないご夫婦がおられました。

みんな貧しかったですが、誰もみな優しくゴン兄のことをとても可愛がってくれました。

ほんのわずかな時間と場所がずれていたら、その人たちには会えなかったかもしれない。近隣の人々があの人たちでなければ今のゴン兄もなかったかもしれません。


こちらの絵をグーグルジェミニで作ろうとしたところ何度か拒絶されました。そこで言葉を変えてお願いしてみたりしましたが、最終的にはゴン兄のパソコンにて加工を試みました。


この写真かっこいいと思いますか。凛々しいと思いますか。

ゴン兄には死装束にしか見えません。

今から20年ほど前、鹿児島の友人を訪ねた折、両親と知覧の特攻祈念館を見学しました。10代から20代の若者たちの白黒写真が壁一面に貼られており今は持ち主のない遺品の数々がガラスケースの中に並んでいました。その中に、ある特攻隊員が両親に宛てた手紙がありました。

「お父さま、お母さま、わたくしの命を20年づつ差し上げます。どうかわたくしの分まで長生きをしてください」

胸をえぐられるような衝撃を覚えました。

それを書いたご本人の思い。

それを受け取ったご両親の悲しみ。

いかばかりであっただろうと。

最後のその瞬間、

「天皇陛下万歳」ではなく

「お母さん」と泣き叫んで散って逝った若き隊員たちの無念。

慟哭。

嗚咽。

一体誰が責任をとるのか。

どう責任をとるのか。

いや、責任なんてとれない。

とりようがない。

結局は無駄死に、犬死に。

誰も責任を取らず、誰も骨を拾ってくれず。

それが戦争。

人間の中で最も愚かなひと握りのクズどもが、人の命を何とも思わずに、弄び、軽んじて死に至らしめ、それでも何とも思わず何も感じず自分だけはのうのうと生きている、一番安全な場所で。

それが戦争。


自分の父が、息子が、兄が、弟が、こんな格好をさせられて、国のために死んでこいと言われて、それでこそ英雄だと称えられたら、死んで英霊だと称えられたら。

そんなもんいらん。

そんなもんゴミだわ。

そんなもん、そんなもん…

ゴン兄は、

今すぐにその服を全部脱げと言う、それを指示したやつに着せてやる、お前が行ってこいと言ってやる。

息子を、弟を、家族を傷つける奴はどんな奴であろうとも許さない。

絶対に許さない。

地の果てまでも追いかけてゆきこの手で息の根を止めてやる。

仇をうってやる。

そのためだけに生きてやる。


戦争だから仕方がない。

時代だから仕方がない。

みんながそうしているんだから、仕方がないだって?

そんなくだらない理由で、きみを助けることができないのなら、この世界を生き続ける意味は無い。

この世界の存在価値は無い。

きみがいなければ生きていても意味がないんだ。

大切なのは家族。

国なんかどうなってもいい。

国民あっての国だろが。


きみのいない世界は、

もう世界ではないのだから。






いやですわ。

おことわり。

ばかやろう。

おとといきやがれ。


このブログが無事にアップできていますように、笑笑