昭和生まれの方であれば、明星や平凡、あるいは週刊の漫画雑誌の巻末によく掲載されていた「日ペンの美子ちゃん」をご記憶されていることと思います。
ペン習字の通信講座の広告です。


ゴン兄、美しい字に憧れ、申し込もうかなぁと思った時期もありましたが、キャラクターがかわいい女の子、美子ちゃんだったため、女性しか入会できない通信講座かなといった先入観もあり、結局入会は果たせませんでした。
大きな字、
乱暴な字、
筆圧が強かったため中学高校時代はずっと芯の堅い4Hシャープペンで通しました。それでもポキポキと折れよく顔に当たったものです。
それらは自身のコンプレックスでもありました。
実はゴン兄、小学生の頃、町内のお習字教室に通っていました。
草薙(くさなぎ)先生とおっしゃるおばあちゃん先生でした。
そこはそもそもはそろばん塾だったのですが、草薙先生はお習字も教えてみえたのです。
墨汁の持ち込みは禁止、必ず墨から硯できちんと磨って半紙にその日に与えられた課題を時間をかけて丁寧に書くという昔ながらの教室でした。
ゴン兄、結局はその過程がまどろっこしく上手になれないまま終わってしまいました。
先日、その教室でお習字をしている夢を見ました。昔の寺子屋のような作りの古い板張りの教室です。
「永」の最後の「はらい」が自分でも見惚れるほど素晴らしく書けて、これはきっと筆のせいだ、この筆を持ち帰りたいと思ったところで、目が覚めました。


ゴンとお遍路にゆき、多くのお寺でご住職やお庫裡様(奥様)の手書き朱印をいただきましたが、知多半島の南端にある小佐(おさ)という集落の浄土寺の奥様の御朱印が素晴らしく美しく、自身の御朱印帳の表書きもお願いしました。
ゴン兄とほぼほぼ同世代の方です。


ゴン旅立ちの折にもこれと同じ御朱印を持たせました。

昔、勤めていた会社の上司が恐ろしいほど頭の回転の早い方でどんな仕事もそつなくこなされ部下からの信頼もとても厚かったのですが書かれる字が小学生みたいな字でした。
一方で、とても意地の悪い先輩がおりましていつもネチネチと後輩のことをいびっていたのですがこの人の字が素晴らしく綺麗だったのです。
天は二物を与えず。
また、名は体を表す、といいますが字に関しては関係ないなと。
字が上手であれば、多少バカでも利口に見られる。これはかなり偏見かもしれませんが、また字が上手であれば良いというものではありませんが、やはり下手よりは上手な方がいいのかなぁと思いつつも、きっと一生上手になれないままのゴン兄で終わると、何をやっても長続きしないんでそこのところは自覚しています。
ブログだけは10年続きました。
大笑。


あさちゃん、お大事にね。