今から20年程前に友人家族と八ヶ岳を旅しました。
その帰りに奈良井宿に立ち寄りました。
「奈良井千軒」と称される木曽路を代表する宿場町はとても風情があり昔懐かしい雰囲気、おやきを買って食べ歩いたり、信州そばなどを堪能しました。
その時にゴン兄、ある民家の前でピーピー鳴いている小さなつばめのヒナを拾いました。
見上げるとはるか上方、5mほどあったでしょうか、軒につばめの巣が確認できました。
脚立などでは到底届かない高さです。
ひさしが道路に大きくせりだしているため、その民家の2階の欄干からも軒先の巣に戻すのは難しそうでした。
あたりには猫がうろうろしていたため、ほっておいたら殺されてしまうと思い、ゴン兄、その子をおやきが入っていた紙袋に入れ自宅に持ち帰ることにしました。
家人や友人はそんなの持ち帰ってどうするの、となかばあきれ顔でしたが、そうするより他に手はないとその時は考えました。
帰宅し日本野鳥の会につばめの子を保護した旨電話をすると、
まず、つばめを自宅で育てることが日本の法律では許されていない。
どのような状況であろうと持ち帰ってはならない。
もしその子が死んでしまったとしてもそれは自然の摂理、仕方のないこと。
何も手を下さずほっておいてほしかった。
それに一度人間の手が触れてしまったヒナはその匂いからもう二度と親兄弟に受け入れてもらえず、もし仮に巣に戻せたとしてもまた落とされる。
との、冷たい返答。
仕方なくゴン兄が面倒をみることとしました。
ダンボールの箱に新聞紙を敷き、まだ飛ぶことのできないヒナをそこで育てることにしたのです。
いろいろと調べたところ、そのツバメはイワツバメだということがわかりました。
(ゴン兄画)
餌は近所にたまたま小鳥の専門店がありそこを訪ねました。
その店に集っていた鳥好きのおじさんたちからは、あんた良いことをしたね、きっとあんたに良いことが訪れる、と言われました。
生き餌しか食べないとのことで、ワームという昆虫を購入して帰りました。
グッと閉じたクチバシをそっと指でこじ開け虫を放り込むのですが上手くいかない。虫が暴れてすぐにこぼれてしまうのです。
そこでゴン兄、当時の我が家のワンコ、ランのフードを潰してお湯で練り手製のツバメフードを作りました。
そのようなものでも代用できることがわかったからです。
ヒナはしっかりとそのご飯を食べてくれました。
それから3週間程我が家で育てたところヒナは部屋の中を飛べるようになりました。
ツバメは渡り鳥で、冬場は南へと旅立ちます。
八ヶ岳旅行が9月でしたのでもうそろそろ自然に返してやらねば南行きに間に合わなくなる、そう決心したゴン兄、その子を小さな箱に入れ電車に乗りました。
最寄りの駅からまずは岐阜の多治見駅を目指しました。そこで特急しなの号に乗り換えJR中央線をひたすら北へ、長野県の木曽福島で再び在来線に乗り換え奈良井駅に着く頃にはもうよほど日が傾いておりました。
どこで放してやるべきか悩みつつ、ひと気のない静かな宿場町をかなり歩きまわりましたが街道筋を外れた山の上にお寺が望めましたのでそちらを目指しました。
境内に大きな楠の木があり、ちょうどゴン兄の目の高さあたりに大きなうろ(くぼみ)がありましたのでそこなら猫とかにも見つかることはないと考え、そこに入れてあげることにしました。
箱の中からじっとゴン兄を見上げていたツバメくん、寒くなる前に南に飛んでいきなよ、元気でね、と伝えました。箱からうろに移そうと出すとしばらくはまわりをキョロキョロと伺っておりましたが、いきなりゴン兄の人差し指から勢いよく飛び立つと「奈良井千軒」の屋根をはるかに越え木曽川をも越えて対岸の山の麓までまたたくまに飛んでいってしまいました。
その羽ばたきを目にしとても驚きましたが、安堵し、また泣きながら、よかった、ホントによかったと何度もつぶやきました。
帰りは在来線のみで帰宅したためゴンシティに戻ったのは9時過ぎ、どっぷりと日も暮れておりました。
一緒に八ヶ岳に行った友人にそのことを報告すると、よかったね、大変だったね、と労ってくれました。
当時流行っていた映画「電車男」になぞらえその友人がゴン兄を「ツバメ男」と名付け笑ってくれました。
ゴンが我が家にやって来る少し前の懐かしい思い出です。