ゴン兄です。
よく降りますね。
先日のお遍路にてお寺で頂戴した冊子の中に、

素敵なことが書かれていたのでここに全文をそのままご紹介させていただきます。

 


役にたてない人はいない。

 

名取芳彦



私たちは誰かの、何かのお世話にならないと、一日たりとも生きていけません。
食材を作ってくれた人、浄水場から飲み水を、発電所から電気を安定的に送ってくれている人もいます。

雨や空気や光などの自然の恩恵も、それがなければ人は生きていけません。

そこから、"おかげさま"と"ご恩返し"の気持ちを表す手段として"人や社会の役にたつ、ためになる人になろう"という人生の目標が提示されます。

 

役にたてなくなった時

 

どのように役にたてるかは、人によって異なります。
政治家や公務員になって、多くの人のために働いている人もいます。

IT産業で働き、私たちの便利な社会生活に貢献している人もいます。
スーパーやコンビニなどのお店で働く人も、私たちの暮らしを支えるために大きく寄与してくれています。

家にいる人も、家族を守るという大切な役割を担っています。
このような見える形の役だち方だけが、役にたつことだと思って疑わない人は、何もしない、できない人を「役たたず」と非難します。

「こうあるべき」「こうすべき」という強いこだわりを持っている人が、そうしない、できない人を許せないのと同じです。

しかし、ここで問題になるのは「こうあるべき」「こうすべき」と思っている自分自身が、そうできなくなった時に、「役たたず」という汚名がブーメランのように自分に戻ってくる点です。

 

役にたっているから大丈夫

 

すべては大肯定されているとするお大師さまの教えでは、どんなことも何かの役にたっているとします。
私もそう思います。

何をする気力もなく落ち込んで、自暴自棄になっていても、何かの役にはたっているのです。
その経験をすることで、似た状況の人に共感できるようになれます。
「あんなことでそこまで落ち込むなんて。私はそうならないように気をつけよう」と反面教師にしてくれる人だっています。
病気になったり、歳をとったりして自分で動けなくなっても、何かの役にはたっているのです。
医療や福祉に従事している人たちの生きがいを生みだしています。
今の自分を包んで余りある感謝の日々を過ごしている人もいます。
 

何も役にたっていないように思っても、ちゃんと役にたっているのです。
見る人が見れば、何かの役にはたっているのですから、どうか安心して堂々としていてください。

 

 

光明 春号 

仏道生きかた手帳より