ゴン兄です。
青森恐山への、母供養の旅も、4回目を数えることとなりました。
思えば、こんなしあわせなことはありません。
父、ゴンと共に旅に出られる。
しかもいくら陸続きとはいえ、本州最果ての地、青森の下北へ。
一年に一度の旅行ですが、飛行機とレンタカーを使い、ゴンまで連れて、とても贅沢でしあわせなことだと思っています。
母存命の頃は、北海道を度々訪ねておりました。
もし、まだ、母が生きていたら、元気だったら、きっと今も北海道をドライブしていることでしょう。
青森は上空を通過し、見向きもしなかったでしょう。
母との別れが、恐山という霊場に目を向けさせてくれました。
ゆえに、青森は母が導いてくれた、いざなってくれた、そして共に出掛けてくれている、見守ってくれている、そう思っています。
父は度々
「お母さん、きっと怒ってる、あんたたちばっかりいいね、って言ってる」
と、涙ぐみますが、
「そんな風に思うわけないが!そんなこともわからんの?どんだけお母さんと一緒に暮らしてきたんだ」
と、笑い飛ばしてやります。
自分にはわかります。
母は喜んでくれている。
旅行とはいえ供養、それでもいい、出かけられるようになったならば上々、わたしもついてくからね、ずっと一緒だからね、
そう言ってくれているのが自分にはわかります。
以前にも何度かお話申し上げましたが、
母はとんでもない「晴れ女」でございまして、
かつて旅行で雨に祟られたことがない、
北海道も東北も北陸も九州も、
信州も伊勢も神戸も琵琶湖も下呂も日光も東京も、
そして両親と訪れたアメリカでさえずっと晴れでした。
そしてその前後に天災、たとえば竜巻や地震、台風や豪雨、豪雪などがあったりするものの、
いつもわれわれは無事の帰途を果たしておりました。
なので、もう、自分は今後一切、旅先における天候の心配はしないことにしています。
なぜなら、母は今も、われわれと一緒にいてくれるからです。
今回の青森の旅もやはりそんな感じでした。
晴れたり降ったりをたった3日のあいだにざっと百回は繰り返したのではないでしょうか。
くるくるとめまぐるしく変わる不順な天候、しかし、肝心要の場所ではちゃんと晴れてくれる、晴らしてくれる。
これはもう偶然ではない。
母の加護だと信じています。
そんな青森への今回の旅を数回に分けて、ぼちぼち綴りたいと思います。
よろしければおつきあい下さい。

