孔明(こうめい)の母は、孔明とその弟の均(きん)が幼いころに死んだ。治る見込みのない病だったらしい。均はまだ幼かったこともあり記憶として持ち合わせていないようだが、婉姫(えんき)の孔明を諭す口調には時折母の面影を思い出すことがある。孔明は婉姫の言葉に僅かながら羞恥の念を覚え、慌てて腰を上げた。孔明の一際目立つ長身が陽の光に照らされ、その足元から黒い影が背後に伸び出(い)でた。孔明は目線を落としたままそっと振り返った。振り返り、顔を上げると婉姫の笑みが目に入った。孔明に対する愛情を感じさせる、温容な笑みだった。「あのとき均(きん)様は、孔明様が野盗に襲われたのではないかと思い、役所に訴え出るところだったのですよ。諸葛(しょかつ)家の長として、もっと自覚を持っていただけねば困ります」「諸葛家を持ち出されると耳が痛い。死んだ父母には会わせる顔がないな」「でしたら結構です。もっとしっかりお努めくださりませ」婉姫がまたくすっと笑った。孔明。姓は諸葛、名は亮(りょう)。字(あざな)が孔明。孔明の齢は二十七。婉姫は四歳年下の二十三である。婉姫が孔明のもとに嫁いでまだニ年しか経っていないが、すぐに何十年と連れ添った夫婦のように気心知れた仲となった。夫婦でありながら、ときに母子であり、ときには師弟の間柄でさえある。それは孔明が師のときもあれば、婉姫が師となる奇妙な関係でもあったが、弟の均には、夫婦という意味ではこれ以上似合いの組み合わせは無いと言われた。「さあ、もう帰りましょう。孔明様」婉姫がその名に相応しい婉然(えんぜん)な笑みを湛(たた)えて言った。「もう陽が傾いていたのだな。すっかり刻を忘れていた」「孔明様は夢中になると時間をお忘れになりますから」孔明はこれ以上何も言われまいと慌てて婉姫から視線を外し、昼に来た道を復(かえ)すべく足を進めた。孔明のその後ろに婉姫が続いた。婉姫はそれ以上言葉は継(つ)がず粛々と従ってくる。孔明はいささかばつが悪くなり、慌てて話題を探そうとした。ふと、自分の眼前にひらりと翻(ひるがえる)る薄い褐色のものが視界に入った。己が纏(まと)っている服の袖だった。今まで気付かなかったが、両脇に僅かに風を感じた。「この服は涼しいな、婉姫」孔明は己の服を見やりつつ、後ろを歩く婉姫に聞こえる声で呟いた。「気に入ってもらえましたか?」「ああ。なぜだろう。普段の服と違って、暑さを感じにくい」そう言って孔明は、改めて両肩を回してみた。脇のあたりに苦しさを感じなかった。「腕も動かしやすい。屈んでいても苦しくない。これなら街で売れると思うな」「しかし見栄えが悪うございます。今度拵(こしら)えるときは色合いにも気をつけてみます」孔明が纏った服には随所に工夫がなされていた。婉姫が生地を集め、縫ったものだ。見た目はありふれた農着なのだが、体の部分によって生地の硬軟(こうなん)を使い分けている。通気を考え、体に密着する部分には粗めに編まれた布が使われてもいた。孔明には感心する思いで、満足そうに己の纏った服を眺めた。孔明の頭の中にこのような巧緻(こうち)を生み出す力は無い。服だけではない。身の回りのものや、家の中の小物にも気を回す。近所の民のために農具を改良することさえあった。婉姫は工夫を積み重ね、実際に表現する才能を持ち合わせている。孔明はこれを彼女の天性の才だと思っていた。そしてそれに楽しみしているから婉姫のことを素直に褒めることができる。褒められると婉姫という女は無邪気に喜んだ。己の意匠が他人の評価の対象となることが新鮮な体験らしい。そうした仕草も孔明にとって微笑ましく思えたよく見れば婉姫の服装にも様々な意匠が凝らしてある。孔明の服こそ薄い褐色一色なのだが、婉姫のそれは同じ色合いの生地でも濃淡が微妙に違っていた。服の彩色を一つ取ってみても、纏う人物の肌を白く際立たせる色合いを選んでいると聞いたことがあった。そういう婉姫の顔は陽に焼け赤黒くなっていた。孔明に嫁ぐ前は家に閉じこもりがちで青白い肌をしていたのだが、嫁いでからというもの孔明の外出に付き添う機会が増え、その肌はすっかり焼けてしまった。孔明と婉姫が隆中(りゅうちゅう)という農村に移り住んで一年は経とうとしている。人口は少ないが、そこに住む人々は互いに支えあいながら穏やかに暮らしていた。荊州(けいしゅう)の州都である襄陽(じょうよう)から遠く離れてはいるが、その分、喧騒(けんそう)から逃れ、安らかな居を得ることができた。書物を求めるのは不自由するが、田舎暮らしも決して悪くはない。孔明は住んでみてそう思った。
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