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東日本大震災による福島第一原発の事故により
被災しながらも畜主さんの意志により
いまだ生きている牛たちの餌を集めています
旧警戒区域内で家畜に携わる人達すべてをサポートし
動物たちの命を守るべく活動しています
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福島旧警戒区域・富岡町で被災した牛を保護している富岡町の松村さんから
「相談したい事がある・・・」
と連絡があったのは
2月19日(木)
松村さんの重い口調からは何か緊急事態が起こったのだな・・・
と察されて・・・
「餌不足」
以前より松村さんからは、この農家さんの話は聞いていました
「餌が足りない時には運んでる・・・避難先から来られない時には
松村さんが餌やりをしている」
ウィズキャトルにとっても気がかりな農家さんでもあったのです
松村さんの重い口から最初に出た言葉は
「希望の牧場には餌がどのくらいあるのか」
それは、とっても他には回せないよな・・・と言ってるように聞こえました
その時点で、希望の牧場の牧草ロールは残り2週間分
丁度、宮城から集中的に運ぼうとしていた時でしたので
何とかなる・・・。
宮城から1台トラックを回せば良い・・・ありとあらゆる事を考えました
希望の牧場の吉澤さんに連絡しました・・・
吉澤さんの一言は・・・「良いよ~ 運んでやるよ~」
それだけ
それでも多くのクリアしなくてはならない事がありました
*松村さんの大型トラックで運ぶには、許可書の必要な警戒区域を通らなくては
ならない事
*大型トラックが運転出来るのは、希望の牧場事務局長の木野村さん
*1台回そうと思った運送会社のトラックが手配出来なくなった事
(畑に置いてあるロールは汚れている場合があってそれに使える
トラックの空がなかったのです)
*富岡の農家さんにはハサミの重機がなく、希望の牧場でロールを積めたとしても
富岡町の牧場で下ろすのは困難が予想された事
希望の牧場の針谷さんとも綿密な打ち合わせをして
富岡の農家さん(坂本さん)の現在の飼育牛の頭数は19頭
坂本さんの牛の放牧場は広いため、春までの牧草があればそれから10月くらいまでは
草を食べて生きられる
2か月分の餌・・・50個を希望の牧場から運ぶ事にしました
この時点では、坂本さんの牛の餌の残りは2週間分、足りない分は松村さんが
運んでくれていたのです
日程が決まりました
「3月2日3日」
この日、4t車の運転を、希望の牧場・鳥澤さんが
引き受けてくれる事になり
当日実行動出来るチームが決まりました
希望の牧場から;吉澤さん・鳥澤さん・針谷さん
松村さん・坂本農家さんにも予めお手伝いをお願いしました
2日かけて50個を運ぶ計画です

吉澤さんがロールを、つけます、きちんと縦積で16個

唯一、吉澤さんが心配したのは
希望の牧場に備蓄してあるロールの品質でした
「あんまり悪いのは気の毒だべ」って
「選んで持って行かないと」って
全50個の内訳は
16個は松村さんが希望の牧場に備蓄してある
宮城のホールクロップと那須の牧草ロール
これは松村さんが冬を乗り越えるために購入されたものです
どちらも、汚染ロールを探している時から懇意にしている農家さんから
安く譲って頂いています
汚染牧草ではありません
松村さんは北海道からも冬を越すためにロールを運びました
その牧草は
日本獣医生命科学大学名誉教授(農業経済学)松木洋一先生のご指導により
被災牛の「家畜福祉」の考え方の指導を受けた上
北海道の農家さんより無償提供されています
希望の牧場からの32個は小高の稲わらです
稲わらは比較的腐りにくくホールクロップなどの栄養価の高い餌との
組み合わせは牛達のために良いと思いました

すでに、イノシシが穴を空けてしまっています





今回、坂本さんの牧場には大小全55個のロールを運びました
松村さんのロールの16個を除けば、良い物も悪い物もあります
青草の良い香りがするような牧草は届けられませんでした
ほんとうに悔しいです、全ての牛達に美味しい牧草を食べさせたいです

鳥澤さんが4t車のドライバーを引き受けてくださらなかったら
坂本さんにロールを届ける事は出来ませんでした
ありがとうございました!
そして最後には坂本さんへ
「いつでも言って下さい!運んできますから!」
坂本さんがどんなに心強く思われた事でしょう

そして、すぐに
いつもと変わりのない風景が繰り返されます

この時期、希望の牧場の朝の餌やりは7時から始まります
「毎日」
