弟をなんとかしろと親戚から言われ、匙を放り投げている四角四面ロボです。
母が脳出血で入院し、3ヶ月が過ぎたころ、転院を求められました。
基本的に3ヶ月を過ぎて入院すると、保険点数が減額されるため、3ヶ月近くになると転院を勧められます。
そして、転院先を探さないといけないと弟から連絡が入りました。
ロボ:どうしたいんや?この先、お母さんのこと、どういう風にしたいん?
弟:そんなん決まってるやろ。治して、家に連れて帰る。
このとき、母は胃ろうの設置が胃の位置から難しく、中心静脈栄養という、いわば、点滴のみで長らえてる状況でした。
在宅で看取るという方法はあるにはあるのですが、そのためには、いろいろな準備、覚悟が必要となります。
ロボ:在宅にするのはええけど、そのためには、家を改装せなあかんのとちゃうか?
弟:帰られるようになったらするわ!
ロボ:んーそれはええけど、帰宅可能ってなったら、早いと思うよ?片付けて、ベッドの搬入搬出くらいはできるようにしとかな、あかんのとちゃうか?
弟:帰られるようになってからでええ。
この頃、実家…ごみやしきとなっておりました。(いまもごみやしきですが)
弟がいうには、連絡がいろいろ来るのが面倒だから、転院先の病院の資料請求はロボにしてほしいとのことでした。
そして、実家近辺の老人保険施設を6件の資料を取り寄せました。
この状況…嫁氏のときもありました。
というか…あまりにも似ていました。
お義父さんが脳溢血で入院のあと転院。
そして、転院先の病院で3ヶ月が過ぎて、老人保険施設へ転院。
この老人保険施設への転院のときと状況が非常に似ていました。
ただ大きく違ったのは、キーパーソンである嫁氏と弟の行動の違い。
弟は、自分で調べることもなく、家の受け入れ準備をすることもなく、ただただ、毎日、母の病床の横に居座っていました。
嫁氏は、制度を調べ、施設を調べ、自宅で介護となったときは、どのような改装が必要で、改装期間、費用なども調べていました。また、候補となった施設へ見学へ行き、最終的な候補となった施設へはロボを同行させ、意見、アドバイスを引き出していました。そして、面会は、週1ペース。
病床に寄り添うことも大切です。
でも、それだけでは不十分です。
旅立ちの人、残される人、それぞれの思い、様々な思いのなかで、最善を模索する。
そうしないと、安らかな旅立ちを迎えることは出来ないなと思います。