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☆チェックのネルシャツ
☆白の半袖Tシャツ
☆カーキのスキニーパンツ
以上,ユナイテッドアローズ・グリーンレーベル
☆ナイキのスニーカー

めっきり秋なCDですもみじ
台風15号の影響により『帰宅難民』となってから早2時間が経過した午後7時。
夫と私,ママ友Jさんは決断しました。

もちろん,保育園にいる限り,建物は強固だし,先生方はいらっしゃるし,息子たちは安全です。
でも,ひとり,またひとりとお友達が帰っていくのを心細い思いで見ていなければいけないより,仲のよいお友達の家でお迎えを待つほうがいいのではないか?
もっと遅くなる前に,先ほどお迎えを申し出てくれたママ友Rさんに子供たちを託そう!と。

こんな私たちのわがままなお願いをRさんは快く受け入れてくれ,息子たちはRさん宅で預かっていてもらうことに(もちろん園にも連絡を入れました)。

午後8時ころ,Rさんから,笑顔の子供たちの写真と共に『無事我が家に着いたから安心して!ふたりともオムライスとポトフをおかわりして食べてくれたよ』とのメールを受信手紙
ほっとしたのとありがたいのとで思わず涙がこぼれそうでしたが,ここで泣いてはいられません!

依然,どの電車も復旧せず,タクシー待ちの行列に並び始めてから既に5時間が経過した午後10時。
半蔵門線の押上駅で足止めとなっていた保育園のママ友Aさんから,『タクシーを拾えて,R(※息子くん)を預かってくれていたHさん(※同じく保育園のママ友)宅に無事到着できたよ。これからうちの車で3人を迎えにいくから待ってて!』とのメールを受信手紙
申し出は涙が出るくらいうれしかったけれど,Aさんの御主人がまだ帰宅できていないということは,息子のRくんも同乗してくるのだろうし,こんな台風の中来てもらうわけにはいかないと一度は辞退のメールを返信したのですが,今度は電話が。

『Rは,今晩はHさんがこのまま泊めてくれることになったから大丈夫!3人共,ずっと立ちっぱなしで疲れただろうから,どこかお店に入って御飯を食べて待ってて』と…。

悩んだ末,Aさん,Hさんのお言葉に甘え,迎えにきてもらうことにしました。
Aさんのお迎えを待つ間に食べた松屋の牛丼のおいしかったことといったら!

午後11時,無事Aさんと合流し,Aさんの車に乗せてもらい,一路,息子たちが待つRさん宅へ。
もうすぐ日付けも変わる時間だというのに,嫌な顔ひとつせず私たちを迎えてくれたRさん。
息子たちに夕飯を食べさせてくれた上に,お風呂に歯磨きまで済ませ,寝かしつけてくれていたのでした。
なんてなんてありがたいんでしょう!

その後,Aさんは,Jさん親子と私たち親子を,それぞれの自宅まで送り届けてくれました。

午前0時30分,親子3人,無事帰宅!!
ママ友たちには,どんなに感謝しても感謝しきれません(涙)。

子供が同じ保育園に通っているという理由で知り合っただけのいわゆる『ママ友』同士が,こんなふうに助け合う仲になれるなんて,息子が入園したときには思ってもみませんでした。
今では,本当にかけがえのない存在です。

いたるところで深い傷痕を残した台風15号だったけれど,私たちママ友の絆は,より一層深まりました。
いつか必ず私も彼女たちの助けとなれるよう,今回の恩は決して忘れません!
みんな,本当にありがとう。
日本列島を縦断し,各地で猛威を振るった台風15号は,昨日,北海道を抜けて温帯低気圧に変わり,消滅したそうですね。
皆様のお住まいの地域は大丈夫でしたか?

9月21日(水)の我が家はと言いますと…

会社から帰宅許可が出て,夫と共に(こういうとき同じ職場だと非常に心強い!)午後3時半ころ退社するも,とき既に遅し。
乗っていた総武快速線は錦糸町駅にて運転見合わせ。
同じく錦糸町駅にて足止めとなった保育園のママ友Jさんと合流し,まだ動いていた地下鉄半蔵門線と都営新宿線を乗り継ぎ,何とか本八幡駅へ到着。
しかし,乗り継ごうと思っていた京成線は既に運転見合わせダウン
激しい横なぐりの雨に打たれながらタクシーを拾おうとするも,全車鮮やかにスルー(涙)。
3月11日同様,『帰宅難民』となりましたあせる

大地震の際は,保育園でお迎えを待っているであろう息子を思い,同じ本八幡から約2時間半かけて徒歩で帰宅しましたが(あの日保育園に到着したのは,結局午前4時半ころでした),強風で危険物が飛び交っているとあってはそれもできず…。

JR本八幡駅へずぶ濡れになって移動し,タクシー待ちの長蛇の列に並んだのが午後5時過ぎ。
保育園に経過報告の電話を入れ,子供たちの無事を確認できました。

タクシー待ちの列に並んで1時間が経過した午後6時ころ,保育園のママ友Rさんから,『夜勤明けでちょうどパパもいるし,bebeくんたちを迎えにいこうか?』とのありがたいメールを受信手紙
でも,少しずつではあるものの列は進んでいたので,『大丈夫よ,ありがとう!』と返信。

が,しかし,そこからまた1時間が経過した午後7時の段階でも,タクシー乗り場は遥かかなた…。
いつになったら乗れるんだろう,子供たちは,なかなかお迎えが来ないことで3月11日を思い出し,地震の恐怖が蘇ったりしていないだろうか…胸が締め付けられます。

そこで私たちは決断しました。

つづく