よくブログ等で目にする言葉。
「普通の主婦で終わって良いんですか?」
「ただの主婦で満足ですか?」的な呼びかけに
私はとてもカチーン!と反応してました。
「ただの」「普通の」って何?
主婦にただも普通もない。
何だか主婦をバカにされてる気がしてた。
もちろん書いてる人がそんなつもりで
書いてない事は分かってるし、
言いたい事は別にそこじゃないって事も。
その言葉に反応しているのは「私」です。
でも、今の私がそれを書こうとするならば
あえて「主婦」と言う言葉は外すかな。
主婦だろうとそうでなからろうと
「新しい事始めたい人~☆」で良いと
今の私は・・・思うから。
私はずっと日々を丁寧に生きたいって思ってました。
でも、何をどうすればそう言う事になるのか?
今一つ漠然としてた。
もちろんその定義は人それぞれ。
そんな中で始めた断捨離を通しての
心の変化を綴ってみたいと思う。
大小に関係なく、
1つ1つしっかり物事と向き合って行くと言う行為は
もの凄く丁寧だなぁと感じました。
向き合わずに勢いで捨てた物には必ず
リバウンド?的な事が訪れる(笑) ホントに。
これも私の場合。何度も言うけど
全文「私の場合」の話です。
なぜいちいちこんな事を伝えるかと言うと
誰かがこれを読んで気を悪くされる事を
私は望んでいないからです♡
でも・・ザワザワモヤモヤを盛りだくさん
感じながらも、
自分を大切にするために
肚からの声には答えるようトレーニング中です。
話がそれましたが、
その物事と向き合って行く行為は
様々な事に繋がって行き
私にとって1日が終わる時、
「どう過ごせば今日も1日丁寧に生きたなぁ☆
と幸せに感じられるのか?」
と言う事が見えて来たのです。
そう。
私にとっての主な日常とは主婦業、妻業、母業。
その1つ1つに対して満足な行いが出来た時、
私は「今日も1日丁寧に生きる事が出来たなぁ~」
と満足・充実度があがる事が分かって来ました。
一度限りの人生。
満足・充実度をあげるために
外に向けて仕事をしていたはずが、
仕事が充実してもどこか満ち足りなかったのは
それによって、
逆に日常がおろそかになって行くからだったのです。
娘の抱っこ~!ギュ~等の様々な要求に
快く応える余裕がなかったり、
主人にそんな事自分でやってよ!
と言いたくなるほどイラッとしたりするのは
私にとっては不本意なこと。
何より、自分の事はさておき・・・
になっていること。寝る時間が遅くなったり、
スキンケア、ヘアケアが適当になったり。
そんな要求に丁寧に向き合うようになれて来た
(気づけて来た)と同時に、
満足・充実度があがって来た事を全身で感じる。
外に目を向けるのはそれからで良かったのだと
今更ながら思うんです。
今は毎日細かいトコロまで目が行き届くように
なって来たことで、
1つの物事に費やす時間が増えた。
でもそれが私の肚から湧き上がる感情の1つ。
「丁寧に生きる」と言う要求。
逆を言えば、
1日のうちの主である「日常」を
「雑に生きてたなぁ・・・」と思うのです。
SNSの投稿1つにとってもそうです。
それは本当にアウトプットなの?
アウトプットと言う名の承認要求なんじゃないの?
などなど・・・考えるようになりました。
見て見て~!聞いて聞いて~!類の
承認要求であるのなら、今の私には必要ない。
自分が自分をしっかりと認めてやりたいから。
そんなこんなで、
断捨離を通して「自分の望む生き方」
にどんどん近づいて来た事が心から嬉しい。
今は初めて・・・
主婦業、妻業、母業を心から楽しく感じられる♪
だから今のところは外に気持ちが向いてません。
要は、内側が整っていないうちに外に求めても
望みは叶いません・・・って事でした。
出産を機に社会から遠ざかり、
孤独を感じる事から逃げるように、
0歳の娘を抱えながら夜な夜な勉強して
セラピストの資格とったり・・
思えばそこからずっとノンストップでした。
お金は欲しいけれど、丁寧に生きていると
いかにムダ使いが多かったのか?
も分かって来ます。
ムダな外食も減るし食材廃棄もだいぶ
無くなって来た。これも私の目標の1つでした。
丁寧に生きれば
週2~3回働いて稼いだ金額は
余裕で回収できます(笑)
ならば
主婦業、妻業、母業を存分に楽しみたい
「今」なのです♪
本当に「人生が変わる断捨離実践塾」ですね(*^^*)