違いを知ってイライラを笑いに変えるコミュニケーション@川崎 -53ページ目

違いを知ってイライラを笑いに変えるコミュニケーション@川崎

☑ 自分の個性や才能ってなんだろう? ☑ なんでこんなにイライラするの?
☑ 子どもがのことが理解できない...   ☑ 自分の幼少期と全然違う...
☑ 子育てについて誰かに相談したい!☑ 今の育て方であってるの?

断捨離はあらゆる面においてダイエットと似ているなぁって思う。この数ケ月。本当に多くの物達(人も含め)と向き合い続けている。どんなに小さな物でも、とことん向き合う。

 

これを買った時、着ていた時(使っていた)、着なくなった時(使わなくなった)の気持ち、そしてもう処分しようかな・・・と、手に取った時の「今の気持ち」などなど。

 

すぐに決着がつくものは感謝と共に手放すし、つかない物は数日寝かせたりもする。結果...やっぱり捨てない物もある。そんな時は大抵、大きな気づきがワンセット。新たに取り入れる時も同じく。物と向き合ってみる。食材一つとっても同じこと。

 

こんな風にじっくりと物と向き合う生活を4ケ月以上も続けていると、今までの生活は取り入れる事の方が圧倒的に多かった事に気づく。思い付きでポンポン取り入れて、使い心地が悪くても、壊れていない、新品、高かった、いつか使うかも、そんな理由から手放さずに納戸や引き出しにしまいこむ。

 

息をして喜んで働いてくれてる物達がこの家の中にいくつあるだろう? 眠っている物達とサヨナラすると当然物は減って行く。でも生活に必要な物って実はそんなにないし、少ない方が様々な面で快適になるのでストレスフリーで良い事ばかり。

 

物と心は密接に繋がっている。こうして物質的な物達と日々向き合っていると必然的に心も変化して行く。

 

年末の大掃除のように、一気にただただ不要物をバンバン処分してはぁスッキリ~断捨離終了~!!ってのと、日々コツコツ物と向き合う断捨離は別物と感じる。

 

何が違うのか?それは正に「痩せるのが目的」である夏が来るからダイエットするぞー!!って言うのと同じで、スポット的な断捨離は「処分。片づける事が主な目的」

 

じゃぁ日々コツコツ物と向き合う断捨離アンは??って言うと。部屋が片付くのはもちろんだけど、それに伴い精神面に大きな変化が起こる。

 

自分軸を整えるための土台作り。人生において最も重要である取捨選択が日々物と向き合う事によって出来るようになる。

 

取捨選択できない(向き合えない)からこそ、物がどんどん溜まって行く訳で。その悪循環の根本を断ち、自分軸で取捨選択する習慣をつけるための訓練をしている感じ。だからリバウンド率も低いんじゃないかな?

 

で。私がその断捨離を続けて来て最近感じる変化は「自分に対する敬意が生まれ、どんな結果であろうと(良いばかりでなく)それは経過である事を冷静に受け止め、自分の選択に誇りを持てるようになって来た。」その積み重ねによって自分に自信がついて来た。自分に自信が持てるようになると、潔くなれると同時に覚悟を持てるようになる。

 

この変化は私にとって本当に大きな変化であり、断捨離前に、最も必要としていた事。

こうした変化はどこで気づくかと言うと、ある事が起こった時、最初は慣れ親しんだ今までのパターンを当たり前に感じる。でもその瞬間、そのパターンに違和感を感じ別の想いが生まれる。

今までの私は、寂しさや空虚感、孤独感、ネガティブな感情が湧くと、それを何とかしようと努力する傾向にあった。だから誰かからの相談事も、ただただ聞いている事が出来ず解決手段を必死に考えてしまう。そんな傾向にあった。

 

それは自分がネガティブな感情を受け止めて無かったからだと思う。なんとかしなきゃ!って焦るから、悶々とした気持ちはつのるけど、そんな寂しさも、空虚感も、全て自分の物として味わってしまえばいいのだ。味わってしまえば怖さは消える。

 

そう。味わえる強さが生まれたのだ。これまでは味わいたくないから、すぐに何か行動を起こしたり、あるいは自分の選択を心の隅では後悔していたりした。

 

でも、今はどんな結果でも大丈夫。じっくり味わって、越えて、その先の明るい未来に繋げるから・・って言う器が出来始めて来た。今までは味わうのが怖いから、そうならないように・・って必死だった。

 

何度も書くけど(それだけ私にとって衝撃的事件!)7月25日の「時間を外した日」に、ある人と決別した時、私には自分でもビックリするぐらいの大きな「覚悟」が自然と出来ていた。(それが日々取捨選択している断捨離訓練の効果。)

 

以前はその覚悟が出来なくて、違和感を感じても自分の本音に従えなかった。でも、今回の覚悟はやっぱり本物だったんだな・・・と実感している今日この頃。時間が経つと余計に色んな場面で思い出す。

 

あぁ、、、こんな時に共感して喜びを分かち合って来たんだ。あぁ、、、こんな時に助けて貰って来てたんだ。ってね。

 

で。以前の私なら、

 

あぁ、、、そんな人に対してなんて事をしてしまったんだろう、って猛烈な自己反省したり、後悔したり。謝って和解しようかな、、、とか、とにかく取り繕うような事をしただろうなーって。行動はしなくとも、自分を責めていただろう。だから思うように自己信頼感が育たなかったんだろうな。

 

でも今は違う。あぁこんな関係性だったんだなーって改めてそんな存在だった事に感謝すると共に、自分にとって今はもう必要ないと判断したから決別した。何よりも、あの時の自分の判断をリスペクトする。よく自分の本音に従ったね!よく頑張ったね!よく覚悟で来た。やっとできたねって♪

 

それによって、もしも相手を傷つけたかもしれないと思うのなら、謝る事で罪悪感を消して楽になるのではなく、その痛みもしっかりと感じながら生きたい。それが行動に対しての責任だし、それぐらいの覚悟がない行動ならば最初からするな!って思うし。

 

そしていつか、以前の不要となった関係性とはまた違う、新しい関係でつきあえたら良いなって思う。

いつにも増して長いブログ。最後まで読んでくださって感謝です(*^^*)ありがとうございます。