子どもの頃に好きだったものは、
自分にとってそれが、LEGO
小さい頃、時間を忘れてブロックを組み立てていた記憶がある。
説明書どおりに作るのも楽しいし、
自分では覚えていないが、両親から言われたのは
「あなたは説明書ばかり見ていたわね」
と。作らずに説明書ばかり見ていたそう。
大人になっても設計図を見るのは好きなので
小さい頃の説明書好きはなるほど。と思っている。
この感覚はずっと心のどこかに残っていたのだと思う。
今、そのレゴに再びどっぷりハマっている。
きっかけはもちろん、息子たち。
最初はデュプロブロックから始まった。
小さい子供でも遊べる。
知育にも良いよね。とおくさんと話していて
導入には全く抵抗がなかった。
でも気付くと完全にこちら側が夢中になっている。
積み木とデュプロを合体させて街を作ったり。
ただ、厄介なことに、大人になると子どもの頃とは違う。
・・・・財力が増すのである。
「あ、いいじゃん」と思ったらいつの間にか手にとっている。
次の瞬間には胸に抱えてお店を後にしているのである。
この間の記憶は無いのである。
まるで魔法。
結果どうなるか。
レゴ増殖![]()
息子たちも、そんな様子を見て影響を受けないはずがない。
最初はデュプロから始まった。
大きくて扱いやすく
自由に組み立てられる入門的な存在。
そこから徐々にステップアップしていく。
レゴシティで街を作り
ニンジャゴーでストーリー性にハマり
世界観を広げていく。
テクニックも興味深い。
ギアや動きのある構造に触れることで
「作る」というより「仕組みを理解する」楽しさも感じているようだ。
息子たちも好きになる。
そして、気づけば種類はどんどん増えていく。
ワンピース、マイクラ、フォートナイト、、、、
もう数えきれない。
面白いのは、親子で同じものを作っていても
楽しみ方が少し違うことだ。
子どもたちは、まず完成させることに喜びを感じる。
説明書どおりに作り上げ、「できた!」という達成感。
一方で自分はというと、
途中からアレンジしたくなったり
構造をじっくり見たりする。
「ここ、こうしたほうが強度出るな」
「このパーツの使い方うまいな」
そんな視点で見てしまう。
完全に大人の楽しみ方だと思う。
ただ、その違いがあるからこそ面白い。
むしろ想像力は息子たちの方が豊か。
同じお題で自由に作るゲームを定期的に開催しているのだが
最近では子供達の発想力がとてもおもしろい。
子どもが作ったものに対して「それいいね」と言い
こちらが少し工夫した部分に「なんでこうなってるの?」と
そんなやり取りが自然と生まれる。
レゴは単なるおもちゃではなく、
親子のコミュニケーションツールとしてもかなり優秀だと思う。
そして何よりいいのは、
「同じ空間でそれぞれが集中できる時間」が生まれることだ。
テレビやゲームとは違い、受け身ではなく自分で考えて手を動かす。
静かな時間が流れる。
でも決して一人ではない。
同じテーブルで、それぞれが違うものを作りながら、
この距離感がちょうどいい。
最近ふと思うことがある。
このレゴ熱は、いつまで続くのだろうか、と。
子どもたちは成長していく。
興味の対象も変わっていくかもしれない。
部活や勉強が忙しくなれば、レゴに触れる時間も減るだろう。
それでも、完全になくなることはない気がしている。
なぜなら、自分自身がそうだからだ。
子どもの頃に好きだったレゴは、
何年も離れていたのに、またこうして戻ってきた。
むしろ今のほうが深く楽しんでいるかもしれない。
そう考えると、今はただの“ブーム”ではなく、
長く続いていく“好き”の一部なのだと思う。
これからもきっと、新しいシリーズが出れば気になるし、
面白そうなセットがあれば手を出してしまうだろう。
そして息子たちも、
いいのか悪いのかはさておき、
この流れはしばらく止まりそうにない。
レゴは作って終わりではない。
壊して、また作って、さらに広がっていく。
それはまるで、親子の時間そのもののようにも感じる。
良い意味でスクラップアンドビルド。
これまでも、そしてこれからも。
我が家のレゴ愛が尽きることは、きっとないのだろう。
少なくとも、今のところはそんな気がしている。



















