お目当ては根津美術館で開催されている『KORIN展 国宝 燕子花図とメトロポリタン美術館所蔵 八橋図』で、この二つの作品が並ぶのはおよそ100年ぶりという歴史に残る展覧。
果たして二つの屏風は金地に花の群青、茎草の緑青が栄え、律動的に配された燕子の群生は心地よい音楽を奏でるようだった。
初めて対面したAさんもFも何度もその前に佇み、清々しい初夏の調べを聴いていた。
根津美術館と言えば、展覧もさることながら その庭がまた美しい。(個人的にはベスト3に入ること間違いなし。)
毎年『燕子花図屏風』展覧の時は勿論新緑の盛りで、その日も (青葉・青梅・青田・青雲)という数々の言葉を生み出した五月の青が光琳の筆と瑞々しいアンサンブルを奏でていた・・・

雑木林に見立てた庭は漢字がひらがなで緩やかに繋がれ美しい日本語が出来上がるように見る人を導く。

そして、その余白を楽しむように藤棚をしつらえ 花遊びの時を置いてくれる。
棚の下に広く敷かれた低めの石は座すものではなく、花房に近づくためのもの、と自ずと知れ AさんもFも少し背伸びをして甘い香りとミツバチの羽音を楽しんでいた。

庭のあちこちで心遊ばせるしかけのようなものがふっと現れ、私達はいつしか日常から ゆらぎの中にすっぽりと入り込む・・・


「こっちだよ」
「こっちだよ」と呼ばれてまた分け入る・・・

先を行くFの
「あっ、燕子が咲いてる!」という声が聞こえた。
そう、燕子の頃に合わせての屏風展、けれど 今まで一度もその日に出くわすことが無かった上、今年は桜も遅く全く気にとめていなかった。
踏み石を飛んで苔の緑を幾重も開けて降りるとぽっかりと望遠鏡を覗いた様に向こうの世界が現れた。
その狭い景色の中で両手を丸く合わせた緑の蕾に混じって燕子の花が数輪咲いていた。
羽化した蝶が濡れた羽根をゆっくりと開くように群青色の花びらがふっくらと開いていた。
私は思わず「えっ・・ほんとなの・・・」ともう一度望遠鏡を覗き込むように確かめた。
・・・咲いていた。
日の当たるところ、日の当たるところ、に小さな群青色が咲いていた。
(光琳はこの絵をどこから描き始めたんだろう・・・)の答えを見るように彼がテーマにした『伊勢物語』の一節「その沢に、燕子いと面白く咲きたり。」を想い出した。
「日本の文化は気配」と言った人がいた。「日本の庭には宇宙があり気配がある」と言った人もいた。
深いところは分からないけれど、300年前 光琳が 未詳とされる『伊勢物語』の作者の気配を感じたように 私も光琳の気配を「いと面白く咲いた燕子」によって感じさせてもらった。
『伊勢物語』ではこの後 業平は「かきつばた」の五文字を上につけて歌を読めと言われこんな句を読む。
「からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」
(着慣れたからごろものように添い慣れた妻が都にいるから、はるばる来た旅の遠さが思われる)
ん~、一句・・・
ん~、か、か、か、
ん~、き、き、き、
ん~、無理・・・
ん~、無理やり・・・
「カラカラと 金の矢車 突く空に 万の幸降る 端午の日」
ひゃっ!
オ・ソ・マ・ツ!!!
ともあれ、
美しい光琳の絵が こんな遊びを楽しませてくれた
燕子日和りの一日となった。

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