昔 むかし、
京の都の定子様のお屋敷に、
清少納言という方が 住んでおられました。
たいそう 限られた暮らしでしたでしょうに、
彼女は、
山の彼方の空を
鮮やかに描き、
闇ゆえの光や
静けさの音を愛で、
同じ時代(とき)を生きる鳥達を想い、
そして、
人の暮らしを
細やかに愛されました。
そんな、京の都に暮らす彼女が残した
『枕草子』・・・・・
関西育ちの私には、
こんな風に
聞こえてくるのです・・・
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『枕草子 第一段』
春は なんというても
明け方が 好きや
だんだん 白んでくる
山の際が
少し 明るうなって
紫がかった雲が
細ぉ たなびいてるのが
好きやなぁ
夏は夜。
お月さんあったら
もっとえぇけど
闇の夜でも
ホタルが いっぱい飛びかうやろ
また
ほんの 一つ 二つ
‘ほっ、 ほっ’と
光って飛ぶのも
かいらしし
雨の降るのも
ええもんや
秋は夕暮れ
夕日が山際に近づいて
からすが ねぐらに帰るんか
三つ 四つ
二つ 三つ て
急ぐ様子は 何とも言えへん
列連ねて飛ぶ雁が
ずーっと 向こうに
小そう見えたりしたら
しみじみするなぁ
お日さん
すっかり 沈んだあと
風の音や 虫の声の奏でる面白さは
言うまでもあれへん
冬は 朝の早い時
雪 降り積もったら
なおさらやけど
霜が 真っ白に降りた朝もきれいやなぁ
そやない朝かて
えらい寒い中
火なんか あわてておこして
炭持って運ぶかっこは
ほんまに
冬らしいもんや
それが
昼になって
なんぼか寒さもゆるんで
火鉢の炭火が
白ろう 灰になる頃は
なんや
わびしいもんやけどなぁ
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あの『枕草子』を、
舞台は京都だからと、
自分勝手に 関西言葉で 呟いてみました。
でも、呟くほどに
千年の時をさかのぼり、
清少納言
その人に
寄り添えたような気がしました。
・・・ひょっとしたら、
あの 金子みすず も
与謝野晶子も
同じなのかも知れない・・・・・
そう思って、
徒然に、
彼女達が残した詩を
いくつか、関西言葉にしてみています。
また、いつかの日に
ここで 呟いてみようと
思います。
