昨日こんな記事を書いた。
数年に渡り続いた隣人の壁叩きによって、気づけたことを書いた。
その後何となく読んでたネット小説の台詞に、だいたいこんなことが書いてあった。
「私もただの人間。親切にされたら嬉しいし、無視されたら辛い。」
それを見て、ハッとした![]()
上の記事で隣人を「 世間一般で言う悪いところ、批難されるところを全て持ち併せた、誰からも忌避されるような存在 」だと書いたけど、隣人だって親切にされたら嬉しくて、無視されたら辛いフツーの人間なんだと。
フツーの人間じゃないと、そう思い込んで隣人を見てたのは、私だったんだと気づいた。
つまり隣人をそういうストーリーに組み入れてしまっていて、多分それって世間ではフツーの在り方だから、なかなかそこから出られなかったんだよね。
でも、違う。
「私が」そういうストーリーだと認識したから、現実がそういう風に表れていただけのことで。
彼らは単に、私の望むように振る舞ってくれていた(ように見える)という仕組みだった…。
もうホントびっくり![]()
私の望むように動いてくれた隣人と、それを望んだ私とでは、どっちが人でなしなんだっていう![]()
それに気づけば、他にも勝手にストーリーづけてることがあるはずと思う訳で。
例えば父にも、あんな人こんな人だとキャラクターづけていたりする。
更に言えば、何より私も私自身に「こんな感じ」と決めつけがあるはずで…なんか人生損してる気がする~![]()
それって全然自由じゃないよね。
ってことで、さっさとどれも手放して、ストーリーつまり偏見を全て取っ払った先を楽しみにしたい。
何だかやる気が出て来た~、ドカドカ手放して、もりもり人生楽しんでやろうと思う![]()
読んでくれてありがとう![]()
明日めっちゃ寒いらしい…暖かくして過ごされますように![]()


