明日の双子座満月を控えて、二つ意図を放った。
そのうちのひとつ、手放しを意図するのは、「私」という感覚
今まで私は、不安や恐怖だったり一喜一憂だとか、「私」が感じる周波数を手放してきた。
でも、ふとこの記事を思い出して、
周波数を感じる元となる「私」という意識も手放してみることにした。
上の記事にも書いたけど、結構「私」への執着ってスゴイんだよね。
だいたいの反応って「私」ベースじゃない?
ー「私」はこうだから 
ー「私」が悔しい 
ー「私」が損した 
等々、「私」の感じたことに執着しがちで、そこから動けないことって多々あるよね。
例えば大きなところだと戦争、身近だと人間関係に現れるかな。
自己保身というのか、結構無意識のうちに「私」にしがみついてたりする。
でも「私」を抜いてしまったら、そう感じる主体が失せて、周波数も感じられなくなる。
つまり「私」という分離し切った存在への過剰な執着を手放せば、全体性の意識に近づいて、何事もどうでもよくなってあんまり気にならなくなる
「私」への過度なプライドが消えて、「皆」や「その場」「その先」へと譲れる。
そしたら案外自由に動けて、臨機応変に対応できたりするんだよね。
一言で言えば「こだわらない」ってことなんだけど
あんまりいちいち「何した/何された」でガタガタ言うよりも、「お互い様」とさっさと手放して、全体性の利益になるものの為に動ければいいよね。
もしかしたら、その感覚は五次元的なのかもしれない…でも今からもう始めていてもいいんじゃないか。
という訳で、「私」という意識の手放し、なかなかスッキリするので続けていきたい
読んでくれてありがとう
急な寒さ到来、暖かくして過ごされますように


