色んな意味で微妙性の強いマイケルが亡くなったという話はどうやら本当らしい!


コンビニの入口にある新聞にも大きくマイケルの訃報を嗅がせる文字が踊っていた。


私はマイケルジャクソンの音楽や動き、言動に共感するところが沢山あっただけにとても残念に思う。


音楽を単なる音楽にとどまらせず、ダンスやストーリー性を用いたある意味総合芸術にしたのはマイケルジャクソンが起源であり、彼に影響されたミュージシャンは多い。


ここで、興味深いのが各誌の反応。


「永眠」とか「死去」という文字よりもあえて「死亡」という言葉を使っている。


この「死亡」という言葉でそれが突発性のものであることが覗えると同時に「マイケル=不滅」といったような「死」

と無関係にありそうな人が死んでしまった!?という疑問が残っているような印象を受けた。


マイケルジャクソンの死が頭にあったのか、またはまったく関係ないのか分からないが、夕方疲れて昼寝ならぬ夜寝をしていたら、とても不思議な夢を見た。


それは学生時代後半に住んでいたコンクリートのうちっぱなしのデザイン建築のアパートにいる夢。


そこには鳥の卵が2つある。


卵にはいつの間にかヒビが入ってしまい


二つにぱっくり割れてしまう


食用の卵でなかったらしく、中には雛どりの原型のようなものが入っている。(ひとつは雛くらいの大きさ、もうひとつはまださらに小さい)


この話、一見するとちょっと怖いのだが・・


なぜ私はそれを見て、悲しむ。


しばらくすると


その割れた卵のなかにいる雛どりが蘇生をしはじめて


あっという間に小鳥になり


2匹は囀りながら元気に飛び回る


という夢。


追悼でマイケルジャクソンのスリラーのPVを見たからなのか、否かちょっとよくわからないけれど不思議な夢だった。












池袋の雑踏の中に静けさを求めて映画「朗読者」を観た。



2,3日前書店で購入した「朗読者」の本よりも早く、映画は私に何かを語りかけた。


まず、この映画は音楽が良い。

最初は短三和音の第一転回のバスの音に心の振幅の中に5度の和音が堅く鳴り響く。

そしてそのあと、解き放たれたように今度は長三和音。バスの音は変わらないのに上の和音の度数が6度になった瞬間に光がさしたような暖かさが派生する。



映画の主人公ハンナと私は少し似ているところがあった。






映画の中に「人間を完全にするもの。それは愛である」という文章を朗読するシーンがある。

このセリフにはソフォクレスの言葉に似ているような気がした。

ソフォクレスは、こう言っていた。


「人生のすべての困難や苦痛から解放してくれるものがある、それは「愛」である」


10年近くも前にこの言葉を知って以来しばし私の記憶の片隅にあって埃がかぶっていたこの言葉と映画のシーンが結ばれる。



沸き起こるような感動はしなかったが、映画が終わったあと、頭の中にまとわりつくような不思議なものが残った。感動しなかったというとあまり良い映画じゃなかったのかと誤解されるんじゃないかと思うが、そういう意味ではない。


翌日、文庫本の中で再びハンナに会った。

本の中のハンナは映画よりも妖艶で謎めいているように思える。

描写の仕方でハンナの性善が文章から読み取れた。


やはり本を読んで良かった。



映画の原作者シュリンクの他の作品に興味がでてきた。


そしてまた時間が経ったら、この本の「朗読者」になろう。