仕事終わりの、少しだけ静けさをまとった帰り道。
大通りを逸れて、住宅街に足を運ぶ。
誰かの足音。遠くをかすめる車の音。
どこかで水の流れる音。
そして、自分の歩く靴の音。
そのとき——
ふわりと、絵にも言葉にもならない香りが心をとらえた。
つるバラだった。
庭いっぱいに咲き誇るピンクや白の花々。
重たそうに、うつむきながら、それでも確かに、
この街角を優しく抱きしめていた。
今日は少し凹んでいた。
エネルギーが切れかかったように、笑顔になれなかった。
言葉もとぎれとぎれで、人の優しさにも上手に応えられなくて。
そんな自分が、ちょっと嫌だった。
でも、その香りに出会ったとき、
私の中で何かがほどけた気がした。
「無理に笑わなくてもいいよ」って、
バラがそっと、夜風に揺れながら話しかけてくれたような気がした。
それでも、人は不思議なもの。
その香りが漂った瞬間、
ふっと肩の力が抜けて、
体が解けていくような感覚がした。
何も解決していないかもしれないけど、
それでも、私は柔らかく微笑んでいた。
