今日は、風の精たちがささやいていた。
「急がなくていいよ。今日は、静けさの魔法を纏って過ごす日だよ」って。
目が覚めた瞬間から、空気が少しだけ柔らかくて、
わたしの中の魔法の泉が、静かに波紋を広げていた。
疲れも、ため息も、魔法が薄まったサイン。
無理に光らせようとしなくていい。
魔法は、静けさの中でゆっくりと蘇る。
そんな今日は、絵筆がわたしの杖になる。
描けなくても、線を引かなくてもいい。
ただ、色の気配に触れるだけで、魔法は戻ってくるから。
そして、ふと思い出す。
かつて私は、絵を描くことで、自分の内側にエネルギーを満たすことができていた。
はじめは、広告の裏にこっそり描いた世界。
つぎに、お絵かき帳。
そのうち、スケッチブックを持ち歩くようになって。
いつしか絵の好きな女の子は、美大を目指すようになっていた。
見事に難関美大へ合格し、
「いつか絵の仕事につくんだ」と夢を抱いていた時期もあった。
でも、人生はふしぎなもの。
風向きが変わるように、私は絵を離れ、
そして、今はカフェを営んでいる。
それでも、誰かの言葉が心に残っていた。
「50を過ぎたら、絵か音楽をやるといい」
その言葉が、静かに灯りをともしてくれたのかもしれない。
昨年の夏、30年のブランクをやぶって、私はまた絵を描き始めることができた。
筆を持つと、30年前のわたしがそっと隣に座る。
あのころのまなざしで、今のわたしの手元を見つめている。
「おかえり」
その声が、内側から聞こえた気がした。
描くことは、魔法の呼吸。
静けさの中でしか聴こえない音がある。
今日はその音に、そっと耳をすませる日。
