エドワード・バッチ博士(1886-1936)は イギリスのバーミンガム郊外のモゼリーに生まれ、ウェールズの血を引き、幼いころから自然の中で育った博士は、自然を愛し、直感力に優れ、繊細で好奇心の旺盛な少年でした。
バッチ博士は正統的な医学を学び、1912年にロンドンのユニバーシティ・カレッジ・ホスピタル(UCH)で医師の資格を取得し、外科医、内科医の学位を取得し、その後、公衆衛生医学博士の学位を取得しました。
バッチ博士は病理学者として、慢性疾患と免疫システムの研究をし、細菌学で幅広い研究をする一方で、多くの慢性疾患に有効な画期的なワクチンを発見しました。この発見で、バッチ博士は世界的に認められましたが、博士自身はもっと安全で穏やかな方法を見つけることを望んでいました。1919年にロイヤル・ロンドン・ホメオパシー病院に勤務し、彼はホメオパシーと出会い、たくさんのアイデアを得て、セブン・バッチ・ノソッドを完成させました。
バッチ博士は若いころから人間の本質について研究してきました。身体的な症状に興味を持つのと同じように、患者の不安や悩みや、希望などに興味を持っていました。それは彼にとっては特別なことではありませんでした。博士は患者を個人として見て、患者の背景にある生活も一緒に診るようになりました。博士は患者の言うことを聞き、患者の性格を何時間もかけてノートにとりました。そして、感情的な見方や感じ方が、どれだけ患者の治療に影響を与えるかに気がつきました。患者の精神的な状態は、彼らの幸福と統合的に健康であることに不可欠な要素でした。
人生に対して、特定の考え方をしている患者が、身体的な症状と関係なく、同じノソッドを必要としていることに気がつきました。間もなく、患者の性格や雰囲気はノソッドを処方する時の決定的な要因になりました。博士はこの考えを新しい治療に広げようと努力しました。彼はただ、病気のことだけを考えるのではなく、その人自身全体を考慮に入れて診断することの重要さに気がつきました。この考え方は、現在の統合医療の考え方そのものでした。そして、その患者の心の状態を直接的に治療する方法を見つけた時だけ、本当の治療法と言えるのだと結論づけました。
1928年、彼は「タイプや性格によって病気に対する反応の仕方が異なる。」という結論に達しました。この秋、ミムラス・インパチエンス・クレマチスの3種の植物から、レメディを作り、それはすぐに良い結果をもたらしました。彼はこの新しいレメディの研究に残りの人生を費やすために、1930年の春にハーレーストリートの診療所を閉め、同僚だったノラ・ウィークスを伴い、レメディを求めてウェールズを訪れました。何カ月もウェールズの野山を旅して歩きまわりました。
1930年8月から1934年まで、博士はノーフォーク海岸沿いのクローマーに居を構え、フラワーレメディをさらに発見していきました。1934年にオックスフォードシャーのマウントバーノンと呼ばれる小さな家に移り住みました。この建物は今ではDr.エドワード・バッチセンターになっています。さらに研究を進め、38種類のレメディとレスキューレメディを発見しました。そのうち36種は野生の植物から、1種は栽培種から、1種は癒しの力があると言われている泉の水から作られました。博士は1935年そのシステムを完成させ、講演旅行を計画しましたが、2回の公演後、1936年11月に逝去しました。
